恋を知らないきみへ

侑樹さんがうんざりしたように肩をすくめて、空を眺めながら歩き出す。

「夜になっても暑いなー……」

「うん、秋が遠いね」

私も彼に並んで歩き出す。


行きは私の肩に回されていた侑樹さんの手が、今はない。

歩きやすいはずなのに。
身体が離れていることに、少しだけほっとしている自分がいる。

そのことに気づいた瞬間、胸の奥が痛む。


侑樹さんは何も話さなかった。
私も、何を話したらいいのか分からなかった。

こんな空気が私と彼の間に流れていることが信じられなくて。
少し前なら違和感なくお互いに自由に好きなことを話して、どちらかが笑って聞き役になる。

それが当たり前になっていた。


駅へ向かう人たちが、私たちの横を次々と追い越していく。

楽しそうに笑う男女。
酔って大声を出す会社員。
スマホを見ながら歩く人。

いつもと変わらない駅前だった。

待ち合わせをした場所が近づいたところで、侑樹さんが足を止めた。

何も言われていないのに、私も立ち止まる。


「……ほのか」

「ん?」

いつも呼ばれている名前なのに、今はひどく遠く聞こえた。


侑樹さんはすぐにはこちらを見なかった。
駅の入口を見つめるように、視線を前へ向けている。

それから、小さく息を吐いた。

「俺のこと、好き?」