恋を知らないきみへ

目の前に置かれた途端、侑樹さんは話を止めた。

私も店員へ笑顔を向ける。

「ありがとうございます」


店員が離れてから、侑樹さんはもう水族館の話をしなかった。

取り皿にサラダを分けて、私の前へ置いてくれる。

「ほら、食べな」

「……ありがとう」

「今日、昼はちゃんと食べた?」

「うん。冷やしうどん食べたよ」


その時、一瞬だけ木ノ下くんの顔が浮かんだ。
大盛りのご飯を食べながら、同僚と笑っていた横顔。

私は箸を持ったまま、手が止まりかける。


「ほのか」

侑樹さんに呼ばれて、顔を上げた。

「ん?なに?」

「……いや」

彼は何かを言いかけて、やめた。

「頭痛いなら、あんまり無理して食べなくていいから」

「大丈夫。食べられるよ」

そう言いながらサラダを口に運ぶ。
お昼に食べた冷やしうどんの時と違って、ちゃんと味はする。

先週のイタリアンの時よりも、ずっと素朴な味だった。
それでも、美味しいのかどうかはよく分からなかった。


侑樹さんは、そのあと仕事の話をしていた。

担当している住宅の内装について。
お客様から何度も修正を頼まれていること。
設計の締め切りが迫っていること。

私はいつも通り相槌を打った。

「……大変だね」

「うん。こだわり強い人だと、特にね」

「間に合いそう?」

「たぶん。まあ、なんとかするしかないよな」

「侑樹さんなら大丈夫だよ」

本当にそう思ったから言っただけなのに、彼はふと黙り込んだ。

そして、小さく息を漏らすように笑う。