恋を知らないきみへ

侑樹さんは少し困った顔をしたあと、開いていたメニューを私の前へ向ける。

「じゃあ、今日は軽いものにしよう。ほのか、これ好きだったよね」

指さしたのは、以前来た時にも頼んだ生ハムとチーズのサラダだった。

「うん、好き」

「あと、パスタはどうする?」

「侑樹さんが食べたいのでいいよ」

「ほのかは何がいいの?」

「うーん、なんでもいい」

そう答えると、侑樹さんの指がメニューの上で止まった。

───ほんの一瞬だけ。

けれど、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「じゃあ、トマト系にしようかな」

「うん」


話し合って注文を済ませると、先に飲み物が運ばれてきた。

侑樹さんがグラスを持ち上げる。

「じゃ、今日もお疲れ」

「お疲れ様」

軽くグラスを合わせると、澄んだ音がした。


冷たい烏龍茶をひと口飲んで、グラスをテーブルへ戻す。
侑樹さんはビールを美味しそうに喉を鳴らして飲んでいた。

私はそんな彼を見ながら、今日一日、自分が何を考えていたのかを思い返す。


朝からずっと、木ノ下くんのことばかりだった。

仕事中も。
社食でも。
商談から戻ってきてからも。

その事実に気づくたび、胸の奥がまたざわつく。