恋を知らないきみへ

私は冷やしうどんを箸で持ち上げ、つゆにくぐらせた。そのまま口に運ぶ。

冷たくて美味しい……はずなのに、味があまり入ってこない。


「そうそう、聞いてよー」

桃果は唐揚げを箸で持ったまま身を乗り出した。

「昨日さ、課長がコピー機の前で五分くらい困ってて」

「うん」

「『壊れた!』ってめっちゃ騒いでたんだけど、ただ単純に電源入ってなかったのね」

「あははっ」

「しかもね、『最近の機械は難しい』って真顔で言うの!」

「課長……疲れてんのかな?」

「だっからぁ。まだ若いのにヤバすぎでしょ?」

二人で、なんてことのない話に笑う。

その笑い声に紛れて、ふと視線が食堂の奥へ流れた。


いつも誰とも会わないように、と一人で隅っこで食べる人。

……いた。
木ノ下くんだ。


彼にしては珍しく、今日は数人の同僚と同じテーブルを囲み、何か話している。

向かいに座る男性社員が大げさに身振りを交えて話すと、木ノ下くんが小さく肩を揺らして笑った。
その笑顔につられるように、周りからも笑い声が上がる。

昨日私と話した時には絶対に見られなかった姿だ。

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

その横顔は、一度もこちらを向かない。
私がここにいることなんて、気付いていないみたいに。