恋を知らないきみへ

マウスを握る指に力が入る。

───違う、仕事。今は仕事。

そう言い聞かせるように、キーボードを叩いた。


午前十時過ぎ。
営業部のグループチャットに、新しい通知が入る。

【マーケ部より、来週の商品説明会について】

無意識に“マーケ部”の文字を目で追う。

木ノ下くんの名前はどこにも書いていないのに、それだけで胸がざわついた。


「小関さーん」

「……はい!」

……やばい、完全に意識が違う方に飛んでいた!
急いで声をかけてくれた先輩の方を振り返ると、手には資料を持っていた。

「作ってくれた資料のこの数字、合ってない気がするの」

「──あっ、ごめんなさい!」

慌てて資料を見直すと、桁を一つ間違えていた。

「す、すみません!すぐ修正します」

「大丈夫だよ、気づいてよかった。……珍しいね。小関さんがぼーっとしてるなんて。寝不足?」

「そう……かもしれないです。ちょっとだけ」

自分でもおかしいほど、自分じゃないみたいで。
自然に笑いがこぼれた。

もちろん、それはこんな自分に対して“バカだな”という、自嘲気味なもの。


これは──寝不足なんかじゃない。

原因が木ノ下くんであることは、分かっている。

でも、どうして彼のことでこんなふうになるのかだけが、分からなかった。



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