恋を知らないきみへ

「そんなことないよ」とか、「いや、別に」とか。
なぜか、否定してくれると思っていた。

どうしてなのか、そんな予想をしていた。

でも彼はその私の予想を簡単に裏切った。

「うん。避けてるよ」

「えっ……」

息が止まりそうになる。


その一言だけで十分だった。

……ああ、やっぱり。
金曜日のことだ。

それだけはすぐに分かった。


侑樹さんにキスされたのを見られた時、木ノ下くんにだけは見られたくなかった。

どうしてそんなふうに思ったのか、自分でも分からなかったけれど。
見られた瞬間、終わったと思った。

あの予感は当たっていたんだ。


なのに。

どこかで勝手に、気のせいだったかもしれない、見られてないかもしれないって期待していた。

その小さな期待が、今、音もなく崩れていく。


「金曜日のことなら、あれは誤解なの」

言っているそばから、言い訳がましいと自分でも思う。
それでもここでなにも言わない方が後悔する気がした。

彼は壁にもたれたまま、小さく息を吐いた。

「……誤解?」

初めて少しだけ私を見る。その目は、ひどく冷たかった。

「あの人、彼氏でしょ?」

「それはそうなんだけど、でも」

「キスしてたよね」

「私はちゃんとだめって言った!」

木ノ下くんの眉が、ほんの少し動いた。
けれど、すぐに視線を逸らす。

「……そんなの、俺には分からなかった」

切り捨てるように言い切られて、また私だけが木ノ下くんの顔を見つめる。

目を合わせてくれないことが、こんなにつらいなんて思わなかった。

彼は壁にもたれたまま、少しだけうつむいた。

「俺が見たのは、」

と低い声が、静かな階段に落ちる。

「キスしてるところだけ」

その一言で十分だった。

木ノ下くんにとっては、それが全部だったんだ。