恋を知らないきみへ

一斉にイスが引かれ、資料をまとめる音やパソコンを閉じる音が会議室に広がる。


「お疲れ様でしたー」

「次回までに修正しておきます」

「広報案、できたら先に共有しますね」

それぞれが自分の部署へ戻る準備を始める。


私も資料を揃えながら、前方にいる木ノ下くんを見た。

今までなら、会議が終わったあとに必ず少し話していた。

『さっきの意見だけど──』

『あの部分、もう少し詰めたいから──』

『次の資料はどうする?』

そんな仕事の話を二言、三言交わして、そのまま一緒に会議室を出ることが多かった。


今日はほとんど話せなかったから、もしかしたら会議後にそうするつもりなのかもしれない。

会議中は、ただ集中していただけで。
席が離れていたから、話しにくかっただけで。


木ノ下くんがこちらを向くのを待ちながら、ゆっくり資料をバッグへしまう。

「課長」

木ノ下くんが、隣にいるマーケティング部の課長へ声をかけた。

「さっきのコピー案、広報に条件だけ送っておきます」

「ああ、頼む」

「じゃあ、お先に失礼します」


そのまま資料を抱え、会議室の出口へ向かう。

私の方を見ることもなく。
声をかける隙もないほど、迷いのない足取りだった。

ドアが開き、ゆっくりと閉じる。


私はバッグのファスナーに手をかけたまま、そのドアを見つめた。

胸の奥に残っていた小さな違和感が、もう無視できないほど大きくなっている。


理由は分からない。
何があったのかも、分からない。

──でも。
金曜日までは、こんなんじゃなかった。