恋を知らないきみへ

誰かが話している時、木ノ下くんは必ず相手を見る。
うなずいたり、資料を確認したり、必要なら質問を返す。

それなのに、私が話す時だけ視線が手元へ落ちることに気がついた。

話が終わると、すぐに別の人へ振る。


私の言葉を拾わない。
続きを話さない。
私にだけ、業務に必要な言葉しか返さない。

きっと、気のせいだ。

そう思おうとするたびに、違和感がひとつずつ増えていく。


隣に座らなかったこと。
挨拶をしなかったこと。
一度も目が合わないこと。
私の意見を受け取らなかったこと。

ひとつなら、偶然だと思えた。
ふたつなら、たまたまかもしれない。

でも、こんなに重なると、もう気のせいだとは思えなかった。


……意図的に、私を避けてる。


「営業資料については、今週中に内容を固めたいと思います」

木ノ下くんが画面を切り替える。

「前回までの決定事項と、今日の修正内容を反映させて、営業側で一度まとめてもらえる?」

“営業側”と呼ばれて、どこか胸がざわざわする。いつもなら、私の名前を呼ぶところだ。

「……はい」

返事をしたけれど、木ノ下くんは相変わらずこちらを見なかった。

「出来上がったら、部長とマーケに共有してくれる?」

「うん、分かった」


同期同士で話しているだけ。
言葉だけを聞けば、いつもと何も変わらない。

敬語を使われたわけでもない。
声を荒らげられたわけでもない。
冷たいことを言われたわけでもない。

それなのに、たったそれだけのやり取りが、ひどく遠く感じた。


「……よし。じゃあ、今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」

二時間近く続いた会議は、営業部長のひと言で終わった。