恋を知らないきみへ

そこまで思ったところで、広報担当者が「じゃあ」と切り出した。

「そうしましたら、コピーは一案に絞らず、分かりやすさを優先したものと、感情に寄せたもので二案作ってみましょうか?」

「そうするか。その方が比べやすいし。次回、並べて見てみよう」

すんなりと営業部長も納得して、そこで話は終わった。


何もおかしなことはない。
意見が違えば、両方試せばいい。それだけの話だ。

なのに、胸の奥に引っかかったものは消えなかった。


会議は次の議題へ進んだ。

標準設備とオプションの振り分け。
モデルプランの価格設定。
営業資料に載せる想定家族の設定。


関わる部署が増えた分、確認することも、決めなければならないことも増えている。

それぞれが自分の立場から意見を出し、別の部署が問題点を指摘する。

議論が行き詰まれば、部長が話を整理する。


木ノ下くんも、必要な場面ではきちんと発言していた。

設計部の説明には質問を返し、広報から意見を求められれば考えを話す。

商品企画部の担当者が価格について冗談を言えば、わずかに口元を緩めることさえあった。

これも、いつもと変わらない。

仕事をしている木ノ下くんは、何も変わっていない。


そう思うのに、目が合わない。

ただの一度も。