恋を知らないきみへ

「……ごめんね」

つい謝ると、「あ、そうじゃなくて」と慌てて侑樹さんが体を起こす。

「仕事を頑張るほのかも好きなんだけど、二人でいる時くらい俺を見てほしいっていうか」

言ってから、彼は私の顔を見て自嘲気味に笑った。

「……こっちこそごめん。困らせたいわけじゃない」

「……うん。分かってる」


私が目を逸らそうとしたその時、彼の手が肩から頬に移った。

優しく指先で撫でられてくすぐったいのと同時に、ふっと視界が隠れそうになったので反射的に自分の腕で彼の体を押さえる。

「え、待って。誰か来るかもしれない」

「この時間なら誰も来ないよ、大丈夫」

「だめ!待っ……」

言いかけた口を塞ぐように、侑樹さんの唇が重なった。

彼は片方の手で私が逃げられないように抱き寄せている。


体と体の間に入れていた腕でなんとか彼を剥がそうとしたら、自動ドアが開く音が聞こえた。

その音がした瞬間に、侑樹さんが離れる。


そして振り返って、凍りついたのは私だけじゃなかった。


そこに立っていたのは、片手にカバン、片手に財布、明らかに仕事終わりの木ノ下くんだったからだ。

木ノ下くんも木ノ下くんで、思いっきりフリーズしてその場に立ったまま動かない。

その顔は、さすがに驚いたのか目を丸くしていた。
いつもの、何事にも動じない彼らしさはなかった。


───絶対、キスしてるの見られた。


思わず顔を伏せると、先に立ち上がったのは侑樹さんだった。

キスを見られたことには触れないまま、私の手を引く。

「ほのか、行こ」

「……うん」

彼に引かれるまま、私も立ち上がって小走りでラウンジを出た。