恋を知らないきみへ

乗り込んだエレベーターで少し乱れていた前髪をなんとなく整えてから、返信を素早く打ち込んだ。

『今、向かってるから』


エレベーターで一階に降りて早足でラウンジに駆け込む。

半透明のガラスで囲まれた広いラウンジには誰もおらず、侑樹さんだけがソファに腰かけていた。

私が来たことに気づくと、笑顔になる。


「あ、ほのか。お疲れ」

「ごめん、遅れちゃった」

「いいよ、かえって急がせたよね。息切れしてる」

彼は私を隣に座らせると、どうやらまだちゃんと直せていなかったらしい髪の毛を、侑樹さんが優しく撫でるように整えてくれた。


ラウンジは私自身はあまり使わないけれど、ほとんどの人たちはたいてい朝やお昼に使用している。

帰りに立ち寄る人もいなくはないだろうが、この時間にこれだけ空いているということはいつもこうなんだろう。

半透明のガラス越しに、人影が通り過ぎていくのが見える。


「まだ仕事は忙しいの?」

全然離れる気配のない侑樹さんの手はそのままに、彼が尋ねてくる。

私はちょっとガラスの向こうに誰かいないか、入ってきたりしないか周りを気にしながらうなずく。

「うん。……ブランドの完成まではしばらく忙しいと思う」

「えー!じゃあ落ち着くのだいぶ先?」

「そうかも」

「そっかー、ほのかと会える時間減っちゃうな。最近、仕事の話ばっかだし」


彼がソファにもたれてため息をついている気配を感じながら、申し訳ない気持ちに駆られる。

無意識に仕事の話が多くなっていたのかと、それも恋人として良くなかったんだと気づいた。