恋を知らないきみへ

ペラペラしゃべっている彼女の後ろから、ぬっと手が伸びてきて私の肩からべりっと剥がされる。

びっくりして振り返ると、噂をすればの営業部長。

「こらーーー。そういうのは黙っておくもんだぞ〜」

「うわっ!やっばぁ!」

広報部の彼女は動揺したのか、飲みかけのグラスをガタン!とひっくり返してしまった。

さらーっと向こう側のテーブルまで流れてゆくビール。

「わぁぁぁ!なにやってんだよ!」

当たり前にあちこちからクレームが入る。

女性は「すみませぇ〜ん!」と、心のこもっていない謝罪をするのだった。


───ここはいったん席を外した方がよさそう。

そう思いながら、そっと立ち上がって化粧室へ逃げ込んだ。


ひと息ついて、軽くリップを塗り直してから化粧室を出ると、ちょうど反対側の男性用トイレのドアが開いて木ノ下くんと鉢合わせた。

「あ、お疲れ」

「お疲れ様〜」

木ノ下くんの顔は、驚くほどに真っ赤だった。


「……大丈夫?」

ぶしつけに私が尋ねると、本人は不思議そうに首をかしげる。

「なにが?」

「い、いや、顔!」

私がツッコんだところで、他のお客さんが「ちょっと通してね〜」なんて言いながらトイレに入っていく。