恋を知らないきみへ

営業車を走らせながら、次のお客様宅へ向かう。

「小関さん!こんにちは」

インターホンを押すと、奥様が笑顔で出迎えてくれた。

「暑かったでしょう」

「大丈夫です、慣れてます」

「小関さん、いつ会っても笑顔だから」

「お客様とお話するのが好きなんです」

そんな他愛のない会話を交わしながら、ご主人がすでに待っているリビングへ通してくれた。


今日は外壁の色決めだ。

サンプルをテーブルいっぱいに広げると、ご夫婦は何度も見比べながら悩み始めた。

「やっぱり白がいいかなぁ」

「でも汚れが目立つんじゃない?」

「こちらの明るめのグレーも素敵ですよね」


こういう時、私が必ず心がけているのは、お客様に答えを急がせないことだ。

悩む時間も、大切な家づくりの一部だから。


二人の会話へ耳を傾けながら、ときどき質問を挟む。

「普段、お家を見るとしたら昼間が多いですか?それとも夜ですか?」

「えーっと……どちらかというと、夜かもしれません」

「であれば、外灯が点いた時の雰囲気も考えたいですね」

「あ、なるほど」


その一言で、ご夫婦の視点が少し変わる。

色を決めることが目的じゃない。その家でどんな毎日を過ごしたいのか。

そこが見えてくれば、自然と答えは決まる。


それは最近、誰かと何度も話してきたことに少し似ていた。


……ああ、まただ。

頭の片隅に木ノ下くんの顔が浮かびかけて、私は小さく笑う。


新しいブランドの話し合いは、あれから順調に進んでいた。

前みたいに二人で長く話すことはなくなったけれど、たまにチャットでやり取りしたり、面倒な時は内線で話すこともある。

でも、社食で大盛りの週替わり定食を隅っこで食べている彼を見つけると「いつも通り」な気がしてどこか安心したりもしていた。


───違う違う。
今は目の前のお客様に集中。


「じゃあ、この二色で最終シミュレーションを作りますね」

「はい!よろしくお願いします!」

ご夫婦の笑顔を見届けて営業車へ戻る。


時計を見ると、時刻は十二時を少し過ぎたところだった。



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