恋を知らないきみへ

会議が終わり、いつものように営業部のフロアへ戻った私は、息つく間もなく急いでパソコンを開いた。

社内チャットが次々に飛んできて、会議に参加していた各部署から、答えきれなかった質問や追加の確認が次々に届いている。

通常の業務もこなしながらの、新ブランドの進行。


……これは、しばらく激務だな。

そんなことを思いながら、横に積み上げていた書類に手を伸ばす。


「小関さーん、外線四番に、お客様からお電話です」

少し離れた席にいる後輩に呼ばれ、「はーい」と返事をして急いで電話を代わる。

商談中のお客様の奥様からだった。

お客様は待ってくれない。
一人ひとりに、ひとつひとつ丁寧に対応していく。それが結局、一番の近道だ。


電話対応したあと、時計をちらっと見るともう定時まで間もなく。
当たり前に帰れるわけがない。


木ノ下くんとは、これから先の仕事でも関わっていく。

ただ、昨日までみたいにお昼に話すこともない。
夕方に小会議室Bへ行くこともない。

仕事が前に進んだ代わりに、二人で考える時間は終わってしまった。

それがちょっと変な感覚だった。


「……もうひと頑張りだな」

誰にでもなく自分につぶやいて水を飲んでいると、またチャットが鳴った。


【送信者 マーケ 木ノ下】

なんだろう、とメッセージを開くと、彼らしい短い内容。

【設計から質問来てる?】


私は素早くキーボードを叩いて返信する。

【来てるけど、まだ答えてない】

【資料送る】


「こういうとこ、優しいんだよなぁ」

思わず口に出してしまっていた。

【ありがとう。助かる】


急いでそう送ったけれど、資料だけ添付されたファイルが送られてきて、木ノ下くんはそれきり音沙汰なくなった。

彼らしいといえば、彼らしい。

ふっと笑って、他部署の人たちから集まった質問をしっかり読んでいった。


昨日まで、ブランドを作っていたはずなのに。
今日からは、ブランドを育てる仕事になった。

これからは二人じゃなくて、会社のみんなで育てていく。


その事実が、どこか少しだけ胸の中に引っかかっていた。