恋を知らないきみへ

私たちの会話を聞いていた部長が、どことなく柔らかな表情でこちらを見る。

「これまでは二人に作り上げてもらっていたが」

と、切り出した。

「明日、本会議にかける。通れば他部署も入れてブランドを作っていくことになる。つまり──」

部長は私と木ノ下くんを交互に、しっかりと見つめた。

「ここからは二人だけじゃなくなる」

私たちが作成した資料を、軽く指で叩くと満足げに笑うのだった。

「これを二人に託してよかった。明日、きちんと我々が引き受ける」


「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

その返事は、ほとんど同時だった。


「じゃあ木ノ下くん、会議室の予約頼むよ。決まり次第、連絡くれる?関係各所に回すから」

「はい。分かりました」

課長からの言葉にうなずいた木ノ下くんが、「失礼します」と先に歩き出す。

「あっ、失礼します!」

私も急いで部長たちに頭を下げてから、彼の背中を追いかける。

「私も行くよ!会議室予約」

「え、いいよ、一人で」

「いいからいいから」


営業部のフロアを足早に抜けて、人が少ない廊下へ出た。

周りに何人か社員たちはいたものの、そんなのはどうだっていい。

「ねえ、木ノ下くん!」

会議室の予約へ行こうとする彼を呼び止める。

「ん?」

「やったね!」


振り返った彼に手を上げて笑顔を向けると、木ノ下くんはまったく意味が分かっていないような顔をして首をかしげた。

その仕草に、私は口を尖らせる。

「ほら、手!」

彼のタブレットを持っていない手を指さしたら、「え?」と聞き返してきた。

「やったね、ってやり直し!」

「……あ、うん」

どうやらようやく理解したらしい木ノ下くんが、一瞬だけ辺りを見回すのが分かった。
人目が気になるらしい。ちらほら営業部の社員もいる。

でも、私はそんなのは気にしない。
待ち続ける私の視線と右手。

さすがに観念したらしい彼が、盛大なため息をついた。

そして、私の右手に向かってハイタッチしてくれた。


「よし!会議室予約に行こ」

「……はいはい」


……気のせいかもしれないけど、木ノ下くんは少しだけ笑っているように見えた。

私も自然と笑みがこぼれる。


やっと、動き出した。


先に歩き出した木ノ下くんを追いかけて、私も隣に並んだ。