恋を知らないきみへ

この日の夕方、木ノ下くんがマーケ部の課長と一緒に営業部に来ていた。
彼らが営業部に出入りすることは、そう多くはないので珍しい。

その傍らに、私も立っていた。


部長と課長は並んで、私たちが作った資料を読んでいる。

しばしの沈黙の中、私はソワソワしてしまって。つい隣に立つ木ノ下くんを見上げた。
彼は私の視線に気づいたのか、“いいからちゃんと前を見て”とでも言いたげな顔で諭してくる。

……これで、もしもダメだったら。
また一から考え直しになる。

これ以上アイデアが浮かんでくるか不安でもあった。


「……うん、なるほど」

先に反応をしたのは、課長の方だった。そしてそのあとすぐに部長に目配せをしていた。

一方の部長も、口元に笑みを浮かべてうなずく。

「いいね」

そうひと言つぶやいて、資料をそっと机に置いた。

「ようやく"家"じゃなく"暮らし"が見えてきた」


私はまた、思わず勢いよく木ノ下くんを見上げた。
彼は横目で“分かった分かった”って聞こえるような目をしている。

でも、ちょっと微笑んでいるあたり、彼もまた安心したんだと思う。


そんな私たちをよそに、部長と課長で顔を見合わせて話を進めていた。

「これなら設計も広報も巻き込める」

「ですね。この方向で行きましょう」

「明日、会議室押さえられる?」

「確認します」

マーケ課長が返事したタイミングで、木ノ下くんがそこへ割って入る。

「明日の会議室、自分が押さえます。時間は何時頃にしますか?」

「ああ、ありがとう。午後だと助かるよ」

「分かりました」


木ノ下くんは手に持っていたタブレットでなにかを確認しながら、今度は私に尋ねてきた。

「小関さんは?明日の午後、大丈夫?」

「明日は十四時以降なら、予定合わせられる」

「了解」