恋を知らないきみへ

さっきお客様と話していて、頭の中で何度も浮かんできた言葉だった。

「先、言っていい?」

「うん」

私はメモに書いた文字をなぞりながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「今日契約してくれたお客様が、契約前にランドリールームを迷ってたんだけど」

「うん」

「でも結局、欲しかったのってランドリールームじゃなかったんだよ」

木ノ下くんは何も挟まず、メモを取りながら黙って聞いている。

「たぶんね、毎日慌てなくて済む暮らしだったの」

その言葉に、木ノ下くんの視線が少しだけ上がる。

「ランドリールームって、そのための手段だったんだなって思って」

「……なるほどね」


彼は彼で書きかけのメモをテーブルに一度置くと、私が持っているメモへ視線を落とした。

『設備』
『動線』
『家事』

全部に横線が引いた、私の開いているメモのページ。
その下に書いた一言。

『暮らし』


「……結局、私たちが届けたいのって設備じゃなくて、暮らしなんじゃないかなって思って」

そこまで話すと、木ノ下くんがふっと笑って静かに自分のメモ帳をこちらへ向けた。

私は思わず息を止める。

そこには、ちょっとだけ雑な、でも読みづらくはない彼の文字が綴られていた。


『家事を減らす』

『時間が増える』

『余裕ができる』

全部に横線。

そして最後に、大きく一言だけ。

『暮らしが回る』