恋を知らないきみへ

接客のやり方や売り方は、人それぞれだ。
経験を重ねていくうちに自分に合ったやり方を見つけられた、そう思っている。

先輩はポン、と私の肩を軽く叩くと手をひらひらさせた。

「なんにせよ、契約おめでとう」

「ありがとうございます」

にこっと笑った先輩が営業フロアへ戻っていく。

その後ろ姿を見ながら、私は腕の中の契約書をそっと抱いた。


ここでようやく「終わったぁ……」という実感が湧いてきた。

契約が決まるたびに嬉しい。嬉しいけど、その分何倍も気を遣う。
お客様の人生がかかっているから。

"売ればいい"なんて、一度も思ったことはない。
だから毎回、どっと疲れる。

ふと、さっき奥様が笑顔で言った言葉を思い返した。

『すっきりしました』


───すっきり。

安心感。慌てなくて済む。余裕。考えなくていい。

どこかで聞いたような言葉たちが、頭の中をゆっくり回り始める。

「……木ノ下くんなら、なんて言うかな」

気づけば、そんなひとり言がこぼれていた。


その瞬間、勝手に足が止まりかける。

「……あ」と、自分で笑ってしまう。

せっかく契約が取れたというのに、またコンセプトのこと考えてる。
そう思ったのに。

頭に浮かんだのはコンセプトじゃなくて、木ノ下くんの顔だった。


気づけば、お昼に木ノ下くんと話す時間が待ち遠しくなっていた。
今日も、小会議室Bだ。


営業部長へ先ほどの契約書を提出すると、部長は満足げに書類へ目を通した。

「小関さん、また決めてきたの?相変わらず好調だね」

「いえ、そんなことは……」

「コンセプトはどう?進んでる?」

不意をつかれた質問をされて、はっと息を飲む。

「あっ……、はい。なんとか」

「そうそう、木ノ下くんとはどう?マーケの部長がえらく推してたよ。だからこっちも小関さんを出したわけだけど」


───木ノ下くん、そういう位置づけなんだ。
意外だけど、仕事ぶりを見ると、悔しいけど納得もいく。


「コンセプトは……いま話し合っています。出来上がり次第、お持ちします」

手応えは、ある。もう少しで決まりそうなのは間違いない。

だからそう答えたのだが、部長は思いのほか余裕のある笑顔で「そうか」とうなずいた。

「まあ、君たちなら大丈夫と思って頼んでるからね。待ってるよ。よろしくね」

「はい」


私も笑みを返して、いったん自分のデスクに戻る。

時計の時刻を見て、お昼ご飯だけ先に買いに行こうかと考えたりする。


……今日も木ノ下くんは、デザート付きのお昼ご飯かな。



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