恋を知らないきみへ

午前十時。

予定していた通り、私は担当している若い夫婦との最終打ち合わせのため、営業所の応接室へ入った。


「お待たせしました」

ドアを開けると、小さな女の子がお母さんの膝の上から「こんにちは」とぺこりと頭を下げる。

思わず笑顔になって、私も同じように頭を下げた。

「こんにちは」


テーブルの上には間取り図と見積書。
何度も打ち合わせを重ねてきたご夫婦だ。

今日は契約をするかどうか、最後の確認の日だった。
ご夫婦の顔に緊張が浮かんでいるのもよく分かる。

「ご質問でも、不安なことでも、なんでも構いません。もしありましたら、どんなことでも話してください」

そう促すと、ご主人が間取り図へ目を落とす。

「正直、もうほとんど決めてるんです。でも最後だけ……」

「はい」

「このランドリールーム、本当に必要なのかなって思っていて」


その言葉に、私はすぐ答えを返さなかった。

営業だからといって、「必要です」と押せばいいわけじゃない。

むしろ、押した瞬間に、お客様は迷い始めることを私は知っている。

「ちなみに、ご夫婦が家を建てようと思った一番の理由って何でしたっけ?」

改めて尋ねると、二人は顔を見合わせて笑った。

「やっぱり、娘ですね」

「この子が制限なく自由に動き回れる家に住みたくて」

女の子はまだ三歳くらいだろうか、話していることの意味も分からずニコニコ笑っている。

……可愛い。
その笑顔を見て、私も自然と口元が綻んだ。