恋を知らないきみへ

夏の夜は、昼とそう変わらない湿気を含んだ蒸し暑さが身体を包む。

会社から出た途端にむわっとした暑さがやって来て、冷房の効いた室内との気温差に具合が悪くなりそうだった。

オフィスでは手放せないカーディガンも、外では必要がないので丁寧に畳んでトートバッグにしまう。
昼間の刺すような日差しがないだけ、まだマシなのかもしれない。


少し離れたところを歩く三十代前半くらいのスーツ姿の女の人が、パツっと顎下で揃えたボブへアを手で払いながら歩いていく。

……涼しそう。気分転換に髪を切るのもありかな。


そんなことを考えていると、後ろから聞き慣れた声がした。

「ほのか、お疲れー」

少し筋肉質な身体に、ちょうどいいサイズのワイシャツとスラックス。
頭ひとつ分の身長差。
短くて清潔感のある切り揃えられた髪の毛。

そしていわゆる、世間では“かっこいい”顔をしている。

私の彼氏だ。


すぐに私も笑みを返す。

「お疲れ様、侑樹(ゆうき)さん」

千崎侑樹。設計部に所属する、同じ会社の先輩。


彼は手に持っていた電子タバコをポケットにしまうと、いつもみたいにすぐに手を繋いできた。

私もその手を握り返す。


「……暑いね、手を繋ぐのも」

手を繋ぐのは嫌いじゃないけど、触れ合ったそこから汗をかくから夏は苦手。

でも、私がそう言っても彼はもちろんやめない。
そういうのも、分かってる。

「ま、夏だからね」

「今日は暑すぎて食欲ない」

「そんなこと言うなよ。ほのかはもうちょい太った方がいいくらい」

「……誰に聞かれてるか分かんないのに、ここで言わないで」