恋を知らないきみへ

『昼飯、それだけ?』

と言われたことを思い出した。

「……覚えてたの?」

「あれだけじゃ夏バテするよ」

木ノ下くんはそれだけ言うと、自分のカットフルーツの蓋を開けた。

「食べながら帰ろ。疲れたー」


バッグを肩にかけ直して、先を行く彼の後ろを歩く。

袋の中身を見るまではなんともなかったのに、受け取った瞬間から不思議とお腹が空いてきた。

「……いただきます」


同じようにストローをパックにさして、ヨーグルトを飲む。

「めっっっちゃ美味しい」

素直にこぼれた感想に、木ノ下くんは「ね」と笑うのだった。


そのまま二人で会議室を出る。
夜のオフィスは昼間とは違って静かだった。

ところどころ電気の消えたフロアを歩き、エレベーターで一階へ降りる。

エントランスを抜けようとした、その時だった。


「ほのか」

聞き慣れた声に顔を上げる。

ちょうど侑樹さんがもう一台のエレベーターで降りてきたらしく、少し疲れた顔でこちらへ駆け寄ってきた。

「いま連絡入れようかと思ってたところだった。お疲れ」

「あ、侑樹さん。お疲れ様」


───そうだ、今日は金曜日だった。

忘れていたわけじゃないけど、月曜日までに具体的なコンセプト案を考え出すことばかり考えていた。


侑樹さんに笑顔を向けると、隣を歩いていた木ノ下くんが彼にぺこっと頭を下げる気配があった。

「お疲れ様です」

「お疲れ様ですー」

侑樹さんも愛想よく会釈する。