恋を知らないきみへ

時計の針は、二十時を回っていた。

昼、夕方と話し合いを重ねても、会議室のホワイトボードには消した跡と書き直した跡ばかりが増えていく。

私はイスにもたれながら、書きかけの文字を見つめた。


『毎日に余裕が生まれる家』

その下には木ノ下くんが書いた矢印。

『洗濯が一階で終わる』

『生活が回る』

『家事の負担が減る』

『時間が生まれる』


……どれも間違っていない。
でも、どれも"これだ"という感覚がない。


「……惜しいんだけどなあ」

思わずつぶやくと、隣で腕を組んでいた木ノ下くんもうなずいた。

「うん。惜しい」

「言いたいことは見えてるのに」

「そうだね」


彼はホワイトボードへ近づくと、一番上に書いてあった『洗濯が一階で終わる』という文字を丸で囲んだ。

「俺、これが好きだから前に出したいんだけど」

「私も」

自然と返事が重なる。

展示場で聞いたあの一言。
たったそれだけなのに、今でも頭から離れない。


木ノ下くんはペン先で丸をなぞりながら続けた。

「でも、これだけを売りたいわけじゃない」

「うん」

「洗濯が一階で終わる家を作るわけでもない」

「そうだね」

「つまりは、この先なんだよ」

彼はそう言って、丸の下に一本線を引いた。でも、その先の言葉は書かれなかった。