触れられなくても、君がいい。


 町田(まちだ) 夏帆(かほ)、十三歳。

 部活を終え、はやる気持ちで家までの道を急いでいる。

 十月に入り少し涼しくなった風が、火照った頬を心地よく撫でていく。
 日も短くなり、街はすでに夜の色へ染まり始めていた。

 駆け足になってしまうのは、このあと塾を控えているからではない。


 マンションのエントランスに飛び込み、自分の家のレターボックスの前に立った。
 おぼつかない指先でダイヤル摘み、数字を合わせる。

 カチャリ、と音を立てて開いた中身は――空だ。

 エレベーターを待つ時間すらもどかしく、階段で五階まで駆け上がる。
 スクールバッグから取り出した鍵を乱暴に穴に差し込んで回し、勢いよく玄関の扉を開けた。

 物音に気づいた母が「おかえり〜」と奥から声をかけてくれる。


「……届いてたっ?」


 廊下を走りながら、挨拶もそこそこに尋ねる。

 妹の習い事の準備を進めていた母は顔を上げ、忙しない私にからかいの視線を送った。


「届いてた。机の上に置いておいたわよ〜」


 その言葉を聞くや否や、部屋へ駆け込む。

 学習机の上には、たしかに――いつもの濃いブルーの封筒がそっと置かれていた。