触れられなくても、君がいい。


「どうしたの?」

 海風に煽られた髪を耳にかけながら、彼女は俺の隣にそっと並ぶ。

「……いや」

 俺は手すりに寄りかかったまま、水平線へと続く光の道を指差した。

「ムーンロード、見てただけ」

 海に映る月が一本の道を描いているように見える様子を、人々はそう呼ぶ。

 妻は、俺の顔をじっと見つめている。

「どうした」

「それだけ?」

「え?」


「なんか、さっき……航の背中、すごく寂しそうに見えたから」


 そう言って、柔らかい手のひらで、俺の腕に触れた。


「…………」

 図星を突かれ、視線を海へと戻す。

 寂しいわけじゃない。
 ただ、どうしようもなく懐かしくて、胸が締め付けられるだけだ。


「……なんでもないよ。戻ろうか」

 そんなふうに誤魔化して、妻の肩を抱いて部屋へと入った。