触れられなくても、君がいい。


 そのあとのことは、よく覚えていない。

 おぼつかない足取りでエレベーターに乗り、家に入った。
 リビングでは、凪沙がテレビを見て笑っていて、湊人がおもちゃを散らかしていた。
 二人に話しかけられ、それに応えたはずだけれど、どんな声で何を喋ったのか、わからない。

 母が「塾の前に食べちゃいなさい」と用意してくれたサンドイッチを飲み込んだ。
 食パンの乾いた感触だけが喉を通り過ぎていき、味はしなかった。

 長女としての仮面が、なんとか私の輪郭を保っていた。


「いってきます」

 塾の重たいテキストが入った鞄を持ち、再び外に出た。