触れられなくても、君がいい。


 東京へ帰る日の朝。
 出発の準備を終えた私は、一人でロビーへと向かった。

 壁際に置かれた大きな水槽の前で、魚たちに餌をやっている航を見つける。

「あの……っ」

 声をかけると、彼が静かに振り返った。

 私は勇気を振り絞り、口を開く。


「文通……しない?」


 まだ二人とも、スマートフォンは持っていない。
 けれど、どうしても繋がっていたかったのだ。

「ブンツウ?」

 初めて聞く単語のように、航は目を丸くしたけれど。
 すがるような私に気圧されたのか、やがて、少し戸惑いながらも了承してくれた。

「何書けばいいのか、わかんないけど……いいよ」

 私は持っていたオレンジ色の手帳を差し出した。
 そこに記してくれた住所は、男の子とは思えないほど綺麗な字だった。

 私も、最後のページに自分の住所を書き込み、丁寧に千切って渡した。
 彼の手の中に収まった丸文字が幼く見えて、ちょっぴり恥ずかしくなった。
 これから字の練習をしようと、密かに決意した。