触れられなくても、君がいい。


 彼は、波にさらわれそうになっていた浮き輪をいとも簡単に引き寄せると、もう片方の手で、溺れかけていた私の腕を掴んだ。

「……ゴホッ、ゴホッ!」

 激しくむせ返りながら、滴る水越しに視線がぶつかった。
 穏やかなはずの彼は、ひどく慌てたような、怒ったような顔をしていた。

「……っ、危ないって……!」

「……ゴホッ! ごめん……自分で取れるかなって、思って……」

 思わず、言い訳をする。

 その真剣な瞳と、私を引っ張り上げてくれた絶対的な力強さに、安堵してしまったのか。
 緊張と恐怖の糸が切れ、勝手に涙が溢れ出してきた。

「……え!? あ……ごめん! 焦って、大きい声出した……ごめん!」

 涙の理由は、自分が怒鳴ってしまったせいだと勘違いし、狼狽える航。
 直前までの頼もしい姿はどこへやら、視線を泳がせながら私をうかがっている。

「違うの。こわかったから、ホッとして……」

 首を振りながら懸命に説明するものの、航は謝るばかりだった。


「あれー? どうしたー?」

 頭上から声がして見上げると、いつの間にか堤防に上がっていた父と凪沙がいた。
 海の中で言い合う私たちを、不思議そうに見ていた。