触れられなくても、君がいい。

 ◇

 到着した宿は、この街の海とリンクしたブルーの扉に、真っ白な貝殻のリースが飾られた可愛らしい佇まいだった。

「いらっしゃいませ。長旅、お疲れさまです」

 両親と同年代とおぼしきご夫婦に笑顔で迎えられ、ガラスの自動ドアをくぐる。
 ひんやりとした冷気とともに、優しい潮の香りに包まれた。

 正面のロビーは壁一面が大きな窓になっており、まるで一枚の巨大な絵画のように、真っ青な海と白い砂浜が切り取られている。

 カウンターでチェックインを済ませる父と、騒がしい弟妹の相手にてんやわんやの母。
 私は一人その喧騒から離れ、窓の向こうに広がる海原に目を奪われていた。


 ふと、視界の端で動く影に気づく。

 フロントの奥から出てきた、無地のTシャツを着た背の高い男の子。
 綺麗に畳まれた、純白のリネンを抱えていた。

 少し日焼けした横顔と、落ち着いた足取り。


 そっと、視線が交差した。

 凪いだ海のような、静かな瞳。
 周囲のざわめきが、潮のようにすっと引いていく。


 彼は私に小さく会釈をすると、そのまま廊下の奥へと消えていった。


「部屋行くぞー」

 父の声で我に返り、荷物を載せた台車を押してくれる宿のご主人の後を追う。
 歩きながら、さっきの彼の残像を、もう一度だけ振り返っていた。