白無垢のまま御曹司社長のオフィスに居座ったら溺愛が始まりました

「お前はまだ、そんなことを言っているのか」
「だって、あなたからちゃんとした言葉で、そういう告白を聞いていないもの」
「なら、今ここで言う」
「えっ、こんな走っている車の中で?」
「お前が場所にこだわるというなら、マンションへ帰って部屋に着いてからにするが」
「……今更、私をそんなに待たせるつもり?」
「本当に……お前はどこまでも面倒な女だな」
「知らなかった?」
「とっくに知っている。そして、俺はお前のそういう面倒で気が強いところも、すべて含めて好きだからな」

 九条のその真っ直ぐな言葉に、私の張り詰めていた心がフッと解け、少しだけいつもの笑いが表情に戻る。
 私の右手をもう一度強く引き寄せると、その細い薬指の輪郭を、自分の指先で愛おしそうにゆっくりと撫で上げた。

「お前が好きだ、莉乃。裏切って逃げた男の元婚約者だからでも、我が社の危機を救ってくれたからでもない。気が強くて、かわいげがなくて、俺の立場がどうあれ遠慮なく正面から怒鳴りつけてくる、そんなお前だからいいんだ」
「……相変わらず、褒め方がひどすぎるわよ」
「賄い料理が異常にうまくて、総務としても仕事ができる。……それに、泣いた顔が死ぬほどかわいい」
「最後の余計な一言はいらないわ」
「俺と付き合ってほしい」
「それ、命令じゃないのね」
「お前が言葉で聞きたいと言ったからな」
「……私も、あなたが好きよ。よろしくお願いします」
「ずいぶん素直だな」
「今だけよ。調子に乗らないで」

 満足そうに口元を歪めると、私の顎を長い指先でクイと持ち上げ、そのまま優しく、けれど深く吸い付くように唇を重ね合わせてきた。
 そうしてようやく自宅のマンションへ帰宅し、玄関の重い扉が閉じた瞬間、有無を言わさぬ強さでもう一度、彼の逞しい胸の中へと強く抱き寄せられた。

「ちょっと、九条……ドレスが皺になっちゃうわよ」
「なら、今すぐここで脱がせる」
「……やっぱり、最初からそれが目的でこのドレスを用意したの?」
「半分は、な」
「じゃあ、残りの半分は?」
「こんな綺麗なお前を、他の男たちに一秒たりとも見せたくなかったからだ」

 吐息混じりにささやかれると同時に、背中のファスナーが滑らかな音を立てて一気に下ろされる。冷たい室内の空気が露出した私の肌を優しく撫で、その直後、追うようにして九条の熱い唇が首筋から背中へと深く触れてきた。

「待って……九条。あなただって今日、あの広い会場でずっと神経をすり減らして、酷く疲れているでしょう?」
「安心しろ。お前をベッドで一晩中抱き潰す体力くらい、どこを探してもいくらでも残している」
「……本当に、そういう恥ずかしいことを平気で言うようになったわね」
「お前がいつもベッドの上でだけは驚くほど素直に俺を求めるから、調子に乗っているだけだ」
「その自覚があるなら、少しは今すぐ直してちょうだい」
「無理だな」

 彼を押し返すのをやめ、コクリと振り返ると、九条の首元にかかっていたネクタイの結び目を指先でグイと強く手前に引っ張った。

「なら、今日は私が全部決めるわ」
「何をだ」
「――今日の夜、どっちがより素直になって声をあげるかよ」

 私の不敵な挑発に、九条の切れ長の目が肉食獣のように妖しく細められる。

「ほう……俺をそこまで煽ったのは、他でもないお前だからな」

 その夜、あの美しかった濃紺のドレスは、乱暴に扱われることなく丁寧に、けれど切迫した手つきでリビングのソファへと置かれた。

 思い返せば、帰りの車が急なカーブを曲がるたびに、後部座席で私たちの肩と肩が何度も自然に触れ合っていた。以前の私なら、自分の惨めな立場を気にして、すぐに気まずそうに身体を離して距離を取っていただろう。けれど今は、九条のたくましい腕へ、私の方からごく自然にそっと手を添えることができていた。それは決して、拓也が残していった呪いの言葉で揺れ動いた寂しい心を、別の都合のいい男の温もりで埋めてもらおうとしたわけではない。私は自分の意志で、九条玲という男の隣を歩むのだと、自分自身の心に強く確かめるためだった。
 自宅に着くまで、繋いだ手を一度も離そうとはしなかった。車を降りる時も、静まり返ったエレベーターの中にいる間も、ずっと彼の親指は私の指の節をゆっくりと撫で続け、その確かな体温を伝えてくれていた。

「そんなに強く握られたら、私はもうどこにも逃げられないじゃない」
「逃がすわけがないだろう」
「……私をこの部屋に、ずっと閉じ込めるつもり?」
「お前が心底嫌だと言って拒絶するなら、その時はいつでもこの手を離してやる。だが、お前の口からそう言われない限りは――俺は死んでもこの手を離さない」

 拓也は私の意思なんて何一つ聞くこともなく、自分の都合だけで勝手に目の前から消え去った。けれど、九条はどれほど強引で傲慢に見えても、最後の最後には必ず、私の目を見て私の本当の返事を待ってくれる。その決定的な違いを、今も繋がれている手のひらの心地よい温度のなかで、しっかりと確かめていた。
 彼は私との約束を律儀に守り、私が大切にしていたあのドレスには傷一つ、皺一つつけずに脱がせてくれたけれど、その代わりに私の真っ白な肌の上には、翌朝の着替えで首元の詰まったハイネックの服をどうしても選ばざるを得ない、愛おしい理由の跡が、いくつも深く増えることになったのだった。