「俺、こんなことするのお前だけだから」って言う生意気な後輩くんに、不覚にもときめいてしまいました。

月城結弦、高校三年生。
受験勉強の息抜きを兼ねて、放課後は図書室の委員長席に座るのが俺のルーティンだった。
静寂と本の匂い。ここだけが、中学時代に置いてきた切ない恋の記憶――川北翠という名の呪縛から、俺を少しだけ自由にしてくれる場所だった。

はずだった、のに。

「結弦先輩! 今日も一番乗りですね! 俺、先輩の隣の席キープしていいですか!?」

ガラリと図書室の引き戸を開けて入ってきたのは、一年の千歳武琉。
四月に入学してきたばかりのくせに、背はもう百八十センチ近くある。
大柄な体躯を揺らし、本当に犬なら千切れんばかりに尻尾を振っている幻覚が見えるほどの熱量で、俺に突進してきた。

「千歳。ここは図書室だ、静かにしろ」

「あ、すみません! でも先輩に会えて嬉しくて。これ、俺が買ってきたお茶です、どうぞ!」

「……ありがとう」

クールな先輩、という仮面を被って冷たくあしらっても、武琉はまったく堪えない。
それどころか「先輩が笑ってくれた!」と勝手に喜んでいる。
人懐っこい大型犬。
それが俺の、この生意気な後輩に対する最初の印象だった。



だが、その日の閉館間際。
静まり返った室内で、二人きりで片付けをしていた時だ。
高い棚の本を取ろうとしてバランスを崩した俺の身体を、武琉が後ろからすっぽりと抱きしめるように支えた。

「おっと。危ないですよ、先輩」

耳元で響いた声は、いつもより低くて、驚くほど男の人の響きがした。
心臓がドクリと跳ねる。

「……ありがと。もう離してくれ」

「先輩、俺のこと子供だと思ってます?」

武琉の大きな手が、俺の肩を掴んでゆっくりと振り返らせる。
覗き込んできた瞳は、いつものワンコのような無邪気さなど微塵もなく、肉食獣のそれだった。

「あんまり油断してると、噛みつきますよ」

悪戯っぽく笑う彼の八重歯が、なぜかやけに艶っぽく見えて、俺は言葉を失った。