最年長側室の覚醒 〜身分の低い私の息子が世継ぎですか? 必ず命を狙われるので、死に物狂いで守ってみせます〜

かつて、陰謀と毒煙が渦巻いていた王宮の空気は、今や嘘のように澄み渡っていた。
歪んだ多妻法が撤廃されてから、数年の月日が流れた。

かつて「呪われた血脈の生贄」とされ、常に暗殺と毒殺の恐怖に晒されていたエレナの愛息アルフレッドは、今や名実ともにクインテラ王国唯一の【次期国王(王太子)】として、宮廷の誰もが認める存在となっていた。

「アルフレッド様、本日の剣術の稽古、実に見事な踏み込みでしたぞ!」

「ふん、私の見込み通りさ。さすがは私が鍛え直しただけのことはあるね!」

中庭からは、近衛騎士団長となったブリジェットの豪快な笑い声と、彼女に付き従う騎士たちの歓声が響いている。
アルフレッドは、平民の母を持つという理由で蔑まれることはもうない。
それどころか、国の危機を救った偉大な母・エレナの血を引く、聡明で勇敢な光の御子として、全貴族と国民から絶大な支持と祝福を受け、健やかに成長していた。

大商人として国を豊かにしたフィオナからは毎年のように最高級の家庭教師や教材が贈られ、カタリナの率いる情報機関は、アルフレッドの影に潜むほんの僅かな悪意の芽すら、事前に完璧に摘み取っている。
かつて命を奪い合った「妻たち」は今、この国で最も頼もしいアルフレッドの「守護者」となっていた。



夕暮れ時。
かつては暗殺者を警戒して一瞬たりとも気が休まらなかった翡翠宮のテラスで、エレナは稽古を終えて駆け寄ってきたアルフレッドを優しく迎え入れた。

「母上! 今日の稽古で、ブリジェット団長から一本取れそうだったんだ!」

少年の精悍さを帯びてきたアルフレッドが、目を輝かせて報告する。
その笑顔には、かつて後宮の闇に怯えていた影は微塵もない。

「まあ、それは素晴らしいわ、アル。でも、無茶をして怪我だけはしないでね」

エレナは愛おしそうに微笑むと、アルフレッドの小さな身体をそっと、しかし力強くその胸に抱きしめた。

(ああ……本当に、終わったのね……)

抱きしめた我が子の温もりを感じながら、エレナの胸に熱いものが込み上げる。
かつては、この子を抱く時でさえ
「明日の朝、この子は生きているだろうか」
「誰が敵で、どこに毒が仕込まれているのか」
という、狂いそうな恐怖と孤独に震えていた。
母としての優しい愛を注ぐことすら、生き残るための戦いの中では贅沢だった。

だが、もう怯える必要はない。
毒の仕込まれた食事を検食する必要も、夜中に何度も息をしているか確かめる必要もない。
エレナは今、ただの一人の【優しい母親】として、何にも脅かされることなく、最愛の息子をその腕の中に抱きしめることができるのだ。

「母上……? どうしたの?」

不思議そうに見上げてくるアルフレッドに、エレナは涙を拭い、これ以上ないほど穏やかな、美しい母の顔で微笑みかけた。

「何でもないわ、アル。貴方がこうして無事に、健やかに育ってくれること……それが、お母様の何よりの誇りよ」

名実ともに唯一の世継ぎとなった我が子の未来には、もう泥沼の王位継承争いも、不条理な悪法も存在しない。
エレナが命懸けで切り拓いた平穏の道の上を、若き次期国王は、輝かしい光に包まれながら真っ直ぐに歩み始めていた。