隣国軍のクーデターは完全に鎮圧され、星見の塔の最上階には、戦火の煙混じりの冷たい夜風だけが吹き抜けていた。
両腕を固く縛られ、冷たい石畳の床へ乱暴に膝をつかされた第六側室リリィ。
その純白だったドレスは引き裂かれ、泥と血にまみれていた。
かつて後宮の誰もを欺いた可憐な面影はどこにもなく、サファイアの瞳には、復讐に失敗した者の深い絶望と、未だ消えぬ憎悪の炎だけが不気味に揺らめいている。
エレナは、レオンハルトに預けた我が子アルフレッドが無事であるのを見届けると、ゆっくりとリリィの前へと歩み寄った。
「……なぜ」
リリィは床を睨みつけたまま、地を這うような低い声で呟いた。その声は怒りで激しく震えている。
「なぜ、私を殺さないの……? エレナ。お前の最愛のガキを殺そうとしたのよ? 私はお前たちの国を、すべてを滅ぼそうとした大逆罪人よ! なぜ今すぐ、その手にある短剣で私の首を撥ねないの!?」
リリィは叫び、顔を上げてエレナを強く睨みつけた。
彼女にとって、生かされることこそが、復讐を果たせなかった者への最大の屈辱だったのだ。
エレナは手にした短剣を静かに鞘へと収めると、リリィと同じ目線になるように、その場にそっと屈み込んだ。
その瞳には、憐れみでも見下しでもない、静かな平穏があった。
「貴女を殺しても、奪われた貴女の家族は戻らないわ、リリィ」
「な……ッ!?」
「貴女の祖国を壊し、お母様や姉様たちを後宮という檻に縛り付けて命を奪ったのは、このクインテラ王国の歪んだ法律よ。貴女が狂気的な復讐に走った理由を……その哀しみを、私は知っています。貴女もまた、この狂った後宮の被害者だったのね」
エレナの言葉に、リリィは大きく息を呑み、言葉を失った。
誰も知るはずのなかった、自らの心の奥底にある「泣き叫ぶ少女の記憶」を、一番憎い、平民上がりの側室に完璧に理解されてしまったのだ。
「だけど」と、エレナは立ち上がり、新・後宮のリーダーとしての冷徹な、しかし絶対の拒絶を孕んだ瞳でリリィを見下ろした。
「だからといって、貴女が犯した罪が消えるわけではないわ。他人の赤ん坊を奪い、私のアルフレッドの命を危険に晒し、無実の民を戦火に巻き込んだ。その罪は、一生をかけて贖いなさい」
エレナは冷酷に言い放ち、リリィに背を向けた。
「レオンハルト様、判決を」
背後に控えていた国王レオンハルトが、一歩前へ出ると、氷のような声で最終通告を下した。
「第六側室リリィ。貴様を本日を以て側室の籍から除名し、王都から遥か遠く離れた、不毛の地の【永久幽閉塔】へと生涯閉じ込める。二度と日の光を拝むことも、人の声を聞くことも許さぬ。永遠に自らの大逆を悔いるが良い」
「エレナ……! エレナァァァ!!」
リリィは近衛兵たちに両脇を抱えられ、引きずられながらも、狂ったようにエレナの名前を叫び続けた。
「呪ってやる……! 私はお前を絶対に許さない……!!」
その怨嗟の叫び声は、遠ざかる足音と共に、やがて夜の闇の中へと完全に消え去っていった。
長年、多くの女たちを縛り、狂わせてきた後宮の歴史の中で、最後の「狂気の蛇」が、ここに完全に排除されたのである。
エレナは深く息を吐き、駆け寄ってきたカタリナ、ブリジェット、フィオナと視線を交わした。
皆、疲れ果ててはいたが、その顔には、自分たちの力で「我が家」を守り抜いたという、確固たる誇りと絆の光が満ちていた。
両腕を固く縛られ、冷たい石畳の床へ乱暴に膝をつかされた第六側室リリィ。
その純白だったドレスは引き裂かれ、泥と血にまみれていた。
かつて後宮の誰もを欺いた可憐な面影はどこにもなく、サファイアの瞳には、復讐に失敗した者の深い絶望と、未だ消えぬ憎悪の炎だけが不気味に揺らめいている。
エレナは、レオンハルトに預けた我が子アルフレッドが無事であるのを見届けると、ゆっくりとリリィの前へと歩み寄った。
「……なぜ」
リリィは床を睨みつけたまま、地を這うような低い声で呟いた。その声は怒りで激しく震えている。
「なぜ、私を殺さないの……? エレナ。お前の最愛のガキを殺そうとしたのよ? 私はお前たちの国を、すべてを滅ぼそうとした大逆罪人よ! なぜ今すぐ、その手にある短剣で私の首を撥ねないの!?」
リリィは叫び、顔を上げてエレナを強く睨みつけた。
彼女にとって、生かされることこそが、復讐を果たせなかった者への最大の屈辱だったのだ。
エレナは手にした短剣を静かに鞘へと収めると、リリィと同じ目線になるように、その場にそっと屈み込んだ。
その瞳には、憐れみでも見下しでもない、静かな平穏があった。
「貴女を殺しても、奪われた貴女の家族は戻らないわ、リリィ」
「な……ッ!?」
「貴女の祖国を壊し、お母様や姉様たちを後宮という檻に縛り付けて命を奪ったのは、このクインテラ王国の歪んだ法律よ。貴女が狂気的な復讐に走った理由を……その哀しみを、私は知っています。貴女もまた、この狂った後宮の被害者だったのね」
エレナの言葉に、リリィは大きく息を呑み、言葉を失った。
誰も知るはずのなかった、自らの心の奥底にある「泣き叫ぶ少女の記憶」を、一番憎い、平民上がりの側室に完璧に理解されてしまったのだ。
「だけど」と、エレナは立ち上がり、新・後宮のリーダーとしての冷徹な、しかし絶対の拒絶を孕んだ瞳でリリィを見下ろした。
「だからといって、貴女が犯した罪が消えるわけではないわ。他人の赤ん坊を奪い、私のアルフレッドの命を危険に晒し、無実の民を戦火に巻き込んだ。その罪は、一生をかけて贖いなさい」
エレナは冷酷に言い放ち、リリィに背を向けた。
「レオンハルト様、判決を」
背後に控えていた国王レオンハルトが、一歩前へ出ると、氷のような声で最終通告を下した。
「第六側室リリィ。貴様を本日を以て側室の籍から除名し、王都から遥か遠く離れた、不毛の地の【永久幽閉塔】へと生涯閉じ込める。二度と日の光を拝むことも、人の声を聞くことも許さぬ。永遠に自らの大逆を悔いるが良い」
「エレナ……! エレナァァァ!!」
リリィは近衛兵たちに両脇を抱えられ、引きずられながらも、狂ったようにエレナの名前を叫び続けた。
「呪ってやる……! 私はお前を絶対に許さない……!!」
その怨嗟の叫び声は、遠ざかる足音と共に、やがて夜の闇の中へと完全に消え去っていった。
長年、多くの女たちを縛り、狂わせてきた後宮の歴史の中で、最後の「狂気の蛇」が、ここに完全に排除されたのである。
エレナは深く息を吐き、駆け寄ってきたカタリナ、ブリジェット、フィオナと視線を交わした。
皆、疲れ果ててはいたが、その顔には、自分たちの力で「我が家」を守り抜いたという、確固たる誇りと絆の光が満ちていた。



