4人の側室たちの反撃により、後宮の戦況は劇的に覆りつつあった。
フィオナの私兵が敵の進路を阻み、カタリナの偽情報に踊らされた隣国軍は、ブリジェットの大剣の錆へと変わっていく。
しかし、戦火が激しさを増す混迷の最中、リリィの本当の狙いは、エレナの最も恐れていた場所に定められていた。
「――っ、まさか!?」
翡翠宮の奥に設けた堅牢な避難室。
そこへ駆け込んだエレナの目に飛び込んできたのは、床に倒れ伏す侍女たちと、開け放たれた窓、そして……もぬけの殻となった揺り籠だった。
「アルフレッド……! アルフレッドがないわ!!」
エレナの悲鳴のような叫びが、血煙の上がる夜空に響く。
リリィは最初から、戦力で王宮を制圧することだけを考えていたわけではなかった。
乱戦のドサクサに紛れ、自らの命を受けた工作員を「影」のように潜入させ、エレナの最愛の息子アルフレッドを連れ去らせたのだ。
「エレナ、落ち着きなさい! すぐに追跡班を――」
カタリナが叫ぶが、それよりも早く、王宮の中央にそびえ立つ最高峰「星見の塔」のバルコニーから、不気味な魔力の光が放たれた。
それは、リリィからの冷酷な脅迫の合図だった。
『レオンハルト陛下、そして哀れな平民の魔女エレナ。――貴方たちの生真面目な愛の結晶は、私が預かりましたわ』
拡声の魔術によって、王宮全体にリリィの狂気的な声が響き渡る。
『我が祖国の将兵たちよ、動きを止めなさい! レオンハルト陛下、我が子が恋しくば、今すぐ全軍に武装解除を命じ、王位を私の「正統なる御子」へ譲ると全貴族の前で宣言なさい! さもなくば……このアルフレッドの命は、今この瞬間、星見の塔から墜ちて消えることになるわ!』
リリィは、奪ったアルフレッドを人質に、レオンハルトへ国家主権の完全譲渡を要求してきたのだ。
「くそっ、あの白い蛇め……! どこまで卑劣なんだ!」
ブリジェットが悔しげに歯噛みする。王宮本殿で指揮を執っていたレオンハルトも、アルフレッドを人質に取られては身動きが取れない。
軍の動きが、一瞬にして硬直した。
「……リリィ」
エレナの瞳から、一瞬にして狼狽が消え失せた。
その顔に浮かんだのは、他の一切を排除し、我が子を救うためだけに特化した、凄絶なまでの「魔女」の表情だった。
「エレナ? 待ちなさい、一人で行くのは危険すぎるわ!」
制止するカタリナたちの声を背に、エレナは黒いドレスの裾を大胆に引き裂き、動きやすくすると、一振りの護身用短剣を手に取った。
「カタリナ様、ブリジェット様、フィオナ様。ここは任せます。……母親の喧嘩に、これ以上の兵隊は要らないわ」
ただ一人の息子を救うため、そして偽りの母親に本物の母親の執念を見せつけるため。
エレナは炎の渦巻く回廊を、単身、リリィの待つ星見の塔の最上階へと向かって疾走するのだった。
フィオナの私兵が敵の進路を阻み、カタリナの偽情報に踊らされた隣国軍は、ブリジェットの大剣の錆へと変わっていく。
しかし、戦火が激しさを増す混迷の最中、リリィの本当の狙いは、エレナの最も恐れていた場所に定められていた。
「――っ、まさか!?」
翡翠宮の奥に設けた堅牢な避難室。
そこへ駆け込んだエレナの目に飛び込んできたのは、床に倒れ伏す侍女たちと、開け放たれた窓、そして……もぬけの殻となった揺り籠だった。
「アルフレッド……! アルフレッドがないわ!!」
エレナの悲鳴のような叫びが、血煙の上がる夜空に響く。
リリィは最初から、戦力で王宮を制圧することだけを考えていたわけではなかった。
乱戦のドサクサに紛れ、自らの命を受けた工作員を「影」のように潜入させ、エレナの最愛の息子アルフレッドを連れ去らせたのだ。
「エレナ、落ち着きなさい! すぐに追跡班を――」
カタリナが叫ぶが、それよりも早く、王宮の中央にそびえ立つ最高峰「星見の塔」のバルコニーから、不気味な魔力の光が放たれた。
それは、リリィからの冷酷な脅迫の合図だった。
『レオンハルト陛下、そして哀れな平民の魔女エレナ。――貴方たちの生真面目な愛の結晶は、私が預かりましたわ』
拡声の魔術によって、王宮全体にリリィの狂気的な声が響き渡る。
『我が祖国の将兵たちよ、動きを止めなさい! レオンハルト陛下、我が子が恋しくば、今すぐ全軍に武装解除を命じ、王位を私の「正統なる御子」へ譲ると全貴族の前で宣言なさい! さもなくば……このアルフレッドの命は、今この瞬間、星見の塔から墜ちて消えることになるわ!』
リリィは、奪ったアルフレッドを人質に、レオンハルトへ国家主権の完全譲渡を要求してきたのだ。
「くそっ、あの白い蛇め……! どこまで卑劣なんだ!」
ブリジェットが悔しげに歯噛みする。王宮本殿で指揮を執っていたレオンハルトも、アルフレッドを人質に取られては身動きが取れない。
軍の動きが、一瞬にして硬直した。
「……リリィ」
エレナの瞳から、一瞬にして狼狽が消え失せた。
その顔に浮かんだのは、他の一切を排除し、我が子を救うためだけに特化した、凄絶なまでの「魔女」の表情だった。
「エレナ? 待ちなさい、一人で行くのは危険すぎるわ!」
制止するカタリナたちの声を背に、エレナは黒いドレスの裾を大胆に引き裂き、動きやすくすると、一振りの護身用短剣を手に取った。
「カタリナ様、ブリジェット様、フィオナ様。ここは任せます。……母親の喧嘩に、これ以上の兵隊は要らないわ」
ただ一人の息子を救うため、そして偽りの母親に本物の母親の執念を見せつけるため。
エレナは炎の渦巻く回廊を、単身、リリィの待つ星見の塔の最上階へと向かって疾走するのだった。



