最年長側室の覚醒 〜身分の低い私の息子が世継ぎですか? 必ず命を狙われるので、死に物狂いで守ってみせます〜

「――オギャア、オギャア……!!」

医薬院の特別室から響き渡った偽りの産声は、後宮の静寂を破る呪いの鐘の音だった。
第六側室リリィによる「男児出産」の狂言。
大謁見の間で待機していた貴族たちがその報ににわかに動揺し、王宮全体が混乱の渦に飲み込まれようとしたその瞬間、天地を揺るがすような地鳴りが王都の地平線から響き渡った。

ドォォォォン……!!

それは、祝砲などでは断じてなかった。
クインテラ王国の北方を守る第一結界、そして国境の防衛砦が、爆破されたことを告げる凶音だった。

「報告! 報告いたします!!」

血塗れの伝令兵が、大謁見の間の重厚な扉を押し開けて転がり込んできた。

「国境を越え、滅ぼされた東方隣国の残党――その数、数万の精鋭部隊が、突如として我が国の防衛線を突破! 恐るべき進軍速度で、すでにこの王都の目と鼻の先まで迫っております!!」

議場は一瞬にして、割れんばかりの悲鳴と怒号に包まれた。貴族たちは顔を青ざめさせ、我先にと出口へ殺到しようとする。

リリィが仕掛けた復讐の連鎖は、後宮の権力闘争という枠組みを完全に超え、国家そのものを圧殺する武力侵略へと姿を変えたのだ。彼女の「嘘の出産」の報こそが、国境で息を潜めていた隣国の軍勢に対する、完璧な【進軍開始の合図】だった。
さらに、悲劇はそれだけに留まらなかった。

「……始まったわね」

王宮の西塔から外を見下ろしていたカタリナが、鋭い声を上げる。

王宮の巨大な城門――「白銀門」と「玄武門」の前に、リリィが長い時間をかけて後宮の裏で囲い、洗脳してきた手下や内通者たちが一斉に姿を現したのだ。
彼らは隠し持っていた武器を抜き放つと、城門を守る近衛兵たちを背後から容赦なく刺殺していった。

ガガガガガ……! と重々しい音を立てて、絶対に開いてはならない王宮の堅牢な城門が、内側から次々と開放されていく。

「城門が開けられたぞ! 敵を招き入れろ! クインテラに亡国の鉄槌を!!」

工作員たちの狂信的な叫び声が響き渡り、開け放たれた門からは、漆黒の甲冑に身を包んだ隣国の潜入部隊が、怒涛の勢いで王宮内へと雪崩れ込んできた。

悲鳴、金属の擦れ合う音、そして立ち上る黒煙。
かつて華やかだった麗しき後宮は、わずか数瞬のうちに、敵の軍勢に蹂躙される凄惨な戦場へと変貌を遂げていく。

医薬院の寝台の上で、リリィは我が子ではない赤ん坊を抱いたまま、窓の外で燃え盛る王宮の炎を見つめていた。
そのサファイアの瞳には、狂気的な歓喜の涙が光っていた。

「アハハハ! 燃えなさい、崩れ落ちなさい、クインテラ! 私たちの流した血の海で、お前たちも溺れ死ぬのよ……!」

王宮の心臓部まで、敵の刃は迫っている。
王国の崩壊が現実味を帯びる中、この未曾有の危機に立ち向かうべく、翡翠宮の奥で「4人の妻たち」が、今まさに静かに牙を研ぎ澄ましていた。