地下遺構の出口に満ちる、凍りつくような緊張感。
車椅子の上で涙を流し、エレナたちを「側室拉致の首謀者」として 完璧な冤罪 にハメたつもりのリリィは、王レオンハルトの判決を今か今かと待ちわびていた。
しかし、レオンハルトの口から漏れたのは、低い失笑だった。
「――哀れな芝居はそこまでだ、リリィ」
「え……?」
リリィのサファイアの瞳が驚愕に広がる。
レオンハルトは車椅子のリリィを一瞥すら生ぬるく見下ろし、そのまま躊躇うことなく一歩前へ出ると、泥と血に汚れたエレナの細い肩を、全近衛兵の目の前で強く、愛おしそうに抱き寄せた。
「陛下……!?」
「エレナ、怪我はないか。余のいないところで、これほど危険な真似を……。カタリナの救出は近衛に任せれば良かったものを」
王の声音には、先ほどまでの氷のような冷徹さは微塵もなく、エレナを心から案じる深い情愛が、隠しようもなく滲み出ていた。
レオンハルトが愛し、この国の王妃として、そして次期国王アルフレッドの母として選んだのは、最初から、どこまでも第一側室エレナ、ただ一人なのだ。
「レオンハルト様……、ごめんなさい。ですが、一刻を争う状況だったのです」
エレナが王の胸に手を当てて静かに告げる。
「へ、陛下……! なぜ、なぜその平民の女の肩を持つのですか!? 監禁されていたのはカタリナ様で――」
取り乱すリリィに、レオンハルトは燃えるような冷酷な視線を突き刺した。
「リリィ。貴様がこの地下遺構で何をしていたか、余が知らぬとでも思ったか? 貴様が『マトリカの毒雫』を使い、我が子を宿したと偽っていることも、その『嘘の出産日』に合わせて市井から赤ん坊を密輸しようとしていることも……、すべて余とエレナの掌の上だ」
「な……っ!?」
リリィの顔から一瞬にして血の気が引いた。
「この女(エレナ)は後宮のリーダーであり、余の唯一の理解者だ。貴様のような亡国の残党が、余とエレナの絆を裂けると思うな。これ以上の醜態を晒すなら、今この場で首を刎ねるぞ」
王の絶対的な拒絶と、エレナへの揺るぎない愛。
完璧だったはずの冤罪の罠は、レオンハルトの「エレナへの絶対の寵愛」という、いかなる謀略も通じない最強の盾によって、跡形もなく粉砕されたのだ。
近衛兵たちによって医薬院の特別室へと強引に引き戻され、完全な軟禁状態に置かれたリリィは、暗闇の中で狂気的な焦燥感に囚われていた。
「アハ……アハハハハ! 陛下もあの平民の魔女に完全に毒されているのね! 法律も、謀略も、あの男の『愛』の前には通用しないというの!?」
サファイアの瞳を血走らせ、リリィは自らの膨らんだ偽りの腹をキリキリと掻きむしった。
ロベルトの口封じに失敗し、カタリナも奪還され、自らの「偽装妊娠」の証拠はすべてエレナに握られている。
もはや、三日後の【大御前審判】の日に、エレナを合法的に断罪する道は完全に閉ざされたのだ。
「……こうなれば、もう手段は選ばないわ。綺麗事(法廷闘争)での国奪いは終わりよ。――力ずくで、この国を血の海に沈めてあげる」
リリィはドレスの奥から、自らの指をナイフで傷つけると、滴る鮮血を使って一通の密書に独自の魔術印を刻みつけた。
亡国の王女としての、【血の盟約】の起動。
その夜、クインテラ王国全土に激震が走った。
財務を司るフィオナ、そして情報網を瞬時に再構築したカタリナから、翡翠宮のエレナの元へ最悪の凶報がもたらされたのだ。
「エレナ様、大変なことになりましたわ……! 国境を守る防衛線から緊急の早馬が届きました。我が国が過去に滅ぼした東方の隣国の残党軍、数万が……、突如として国境に集結し、進軍を開始したとのことです!」
フィオナが顔を青ざめさせて報告する。
「それだけではないわ、エレナ」
傷を包帯で固めたカタリナが、険しい表情で続けた。
「王宮内の内通者たちの動きも活発化している。リリィの『偽りの出産予定日』であり、全貴族が集まる三日後の【大御前審判】のその日……。王宮の内と外、同時にクーデターを起こし、クインテラ王国そのものを物理的に圧殺する気よ」
リリィは、自らの嘘が暴かれるタイムリミットのその日に、国境の軍隊と王宮内の工作員を動かし、武力による【国家転覆】を決意したのだ。
翡翠宮のテラスに立ち、夜の闇を見つめるエレナ。
その細い腰を、背後からレオンハルトの逞しい腕が強く抱きしめた。
「エレナ、恐れるな。余の軍勢はすでに動いている。貴様とアルフレッドの未来は、余がこの命に代えても守り抜く」
「いいえ、レオンハルト様」
エレナは王の温かい胸に背を預けながら、その瞳に「新・後宮のリーダー」としての、そして一人の母親としての冷徹な魔女の炎を宿した。
「敵がその日を『血のクーデター』の日と決めたのなら、好都合ですわ。リリィが『偽りの御子』を抱いて勝ち誇り、隣国の軍勢が王宮へ乱入したまさにその瞬間に……、彼女たちの悪意を、根こそぎこの世から消し去って差し上げましょう」
三日後に迫る【大御前審判】。
それは、側室同士の暗殺劇から、国の存亡を賭けた「血と知略の最終戦争」へと、その形を変えていくのだった。
車椅子の上で涙を流し、エレナたちを「側室拉致の首謀者」として 完璧な冤罪 にハメたつもりのリリィは、王レオンハルトの判決を今か今かと待ちわびていた。
しかし、レオンハルトの口から漏れたのは、低い失笑だった。
「――哀れな芝居はそこまでだ、リリィ」
「え……?」
リリィのサファイアの瞳が驚愕に広がる。
レオンハルトは車椅子のリリィを一瞥すら生ぬるく見下ろし、そのまま躊躇うことなく一歩前へ出ると、泥と血に汚れたエレナの細い肩を、全近衛兵の目の前で強く、愛おしそうに抱き寄せた。
「陛下……!?」
「エレナ、怪我はないか。余のいないところで、これほど危険な真似を……。カタリナの救出は近衛に任せれば良かったものを」
王の声音には、先ほどまでの氷のような冷徹さは微塵もなく、エレナを心から案じる深い情愛が、隠しようもなく滲み出ていた。
レオンハルトが愛し、この国の王妃として、そして次期国王アルフレッドの母として選んだのは、最初から、どこまでも第一側室エレナ、ただ一人なのだ。
「レオンハルト様……、ごめんなさい。ですが、一刻を争う状況だったのです」
エレナが王の胸に手を当てて静かに告げる。
「へ、陛下……! なぜ、なぜその平民の女の肩を持つのですか!? 監禁されていたのはカタリナ様で――」
取り乱すリリィに、レオンハルトは燃えるような冷酷な視線を突き刺した。
「リリィ。貴様がこの地下遺構で何をしていたか、余が知らぬとでも思ったか? 貴様が『マトリカの毒雫』を使い、我が子を宿したと偽っていることも、その『嘘の出産日』に合わせて市井から赤ん坊を密輸しようとしていることも……、すべて余とエレナの掌の上だ」
「な……っ!?」
リリィの顔から一瞬にして血の気が引いた。
「この女(エレナ)は後宮のリーダーであり、余の唯一の理解者だ。貴様のような亡国の残党が、余とエレナの絆を裂けると思うな。これ以上の醜態を晒すなら、今この場で首を刎ねるぞ」
王の絶対的な拒絶と、エレナへの揺るぎない愛。
完璧だったはずの冤罪の罠は、レオンハルトの「エレナへの絶対の寵愛」という、いかなる謀略も通じない最強の盾によって、跡形もなく粉砕されたのだ。
近衛兵たちによって医薬院の特別室へと強引に引き戻され、完全な軟禁状態に置かれたリリィは、暗闇の中で狂気的な焦燥感に囚われていた。
「アハ……アハハハハ! 陛下もあの平民の魔女に完全に毒されているのね! 法律も、謀略も、あの男の『愛』の前には通用しないというの!?」
サファイアの瞳を血走らせ、リリィは自らの膨らんだ偽りの腹をキリキリと掻きむしった。
ロベルトの口封じに失敗し、カタリナも奪還され、自らの「偽装妊娠」の証拠はすべてエレナに握られている。
もはや、三日後の【大御前審判】の日に、エレナを合法的に断罪する道は完全に閉ざされたのだ。
「……こうなれば、もう手段は選ばないわ。綺麗事(法廷闘争)での国奪いは終わりよ。――力ずくで、この国を血の海に沈めてあげる」
リリィはドレスの奥から、自らの指をナイフで傷つけると、滴る鮮血を使って一通の密書に独自の魔術印を刻みつけた。
亡国の王女としての、【血の盟約】の起動。
その夜、クインテラ王国全土に激震が走った。
財務を司るフィオナ、そして情報網を瞬時に再構築したカタリナから、翡翠宮のエレナの元へ最悪の凶報がもたらされたのだ。
「エレナ様、大変なことになりましたわ……! 国境を守る防衛線から緊急の早馬が届きました。我が国が過去に滅ぼした東方の隣国の残党軍、数万が……、突如として国境に集結し、進軍を開始したとのことです!」
フィオナが顔を青ざめさせて報告する。
「それだけではないわ、エレナ」
傷を包帯で固めたカタリナが、険しい表情で続けた。
「王宮内の内通者たちの動きも活発化している。リリィの『偽りの出産予定日』であり、全貴族が集まる三日後の【大御前審判】のその日……。王宮の内と外、同時にクーデターを起こし、クインテラ王国そのものを物理的に圧殺する気よ」
リリィは、自らの嘘が暴かれるタイムリミットのその日に、国境の軍隊と王宮内の工作員を動かし、武力による【国家転覆】を決意したのだ。
翡翠宮のテラスに立ち、夜の闇を見つめるエレナ。
その細い腰を、背後からレオンハルトの逞しい腕が強く抱きしめた。
「エレナ、恐れるな。余の軍勢はすでに動いている。貴様とアルフレッドの未来は、余がこの命に代えても守り抜く」
「いいえ、レオンハルト様」
エレナは王の温かい胸に背を預けながら、その瞳に「新・後宮のリーダー」としての、そして一人の母親としての冷徹な魔女の炎を宿した。
「敵がその日を『血のクーデター』の日と決めたのなら、好都合ですわ。リリィが『偽りの御子』を抱いて勝ち誇り、隣国の軍勢が王宮へ乱入したまさにその瞬間に……、彼女たちの悪意を、根こそぎこの世から消し去って差し上げましょう」
三日後に迫る【大御前審判】。
それは、側室同士の暗殺劇から、国の存亡を賭けた「血と知略の最終戦争」へと、その形を変えていくのだった。



