最年長側室の覚醒 〜身分の低い私の息子が世継ぎですか? 必ず命を狙われるので、死に物狂いで守ってみせます〜

カタリナの宮に残された、魔導灯にのみ反応する青い光の軌跡。
それを辿り、王宮の地下遺構の奥深く、血痕の残る戦闘現場へと行き着いた第一側室エレナは、石壁に刻まれたカタリナの決死の暗号を読み解いていた。

『リリィの背後に亡国の影。城門の鍵は敵の手に。私は地下の隠し牢に囚われている』

「カタリナ様……!」

エレナは震える指先を強く握りしめ、自らの胸に燃える怒りの炎をさらに鋭く研ぎ澄ませた。
リリィは可憐な側室などではない。国を滅ぼされた者たちの果てなき怨嗟を背負った、冷酷な復讐の蛇だったのだ。

「エレナ、状況は分かった。これ以上、あの白い蛇の好き勝手にはさせないさ」

背後から響いたのは、包帯を巻きながらも、大剣を肩に担いだ第三側室ブリジェットの力強い声だった。
療養所を抜け出し、精鋭の私兵を率いてエレナを追ってきたのだ。

「ブリジェット様! 身体は大丈夫なのですか!?」

「あんな小娘に仲間を拉致されて、寝ていられるほど私の血は冷えちゃいない。魔法の錠だろうが何だろうが、私の力で叩き割ってやる。――行くよ!」

ブリジェットの号令とともに、バルトロメウス騎士団の精鋭たちが動く。
エレナを中央に守りながら、彼らはカタリナが囚われている隠し牢の鉄扉へと殺到した。

「そこを退きな、鉄の塊ども!」

ブリジェットが凄まじい踏み込みと共に、大剣の腹を魔法の錠へと叩きつける。
ズガァァァン!!という火花を散らす衝撃音と共に、頑強な呪縛が施されていた鉄扉が、木枠ごとひしゃげて吹き飛んだ。

「カタリナ様!!」

エレナが真っ先に暗闇の室内に飛び込む。
そこには、四肢を鎖で繋がれ、激しい拷問によって衰弱しきったカタリナの姿があった。
翡翠色の瞳は微かに開かれ、エレナの姿を捉えると、掠れた声で小さく微笑んだ。

「エレナ……、遅かったじゃない……。でも、間に合って、よかった……」

「すぐに鎖を外して! 医薬院へ運ぶのよ!」

エレナの指示で近衛兵たちが手際よく鎖を断ち切り、カタリナの細い身体を抱き起こした。
奪還作戦は完璧な成功を収めた――はずだった。

しかし、地上へ戻ったエレナ陣営を待ち受けていたのは、さらなる絶望の罠だった。

「――そこまでだ、第一側室・エレナ。並びに第五側室・ブリジェット」

地下遺構の出口を完全に包囲していたのは、エレナの管轄ではない、王宮本殿直属の近衛兵たちだった。
その中央から姿を現したのは、車椅子に乗り、痛々しくも儚げな純白のドレスを纏った第六側室、リリィ。
そのサファイアの瞳には、涙が溢れていた。

そして、その隣には、氷のように冷徹な眼差しを向ける国王、レオンハルトの姿があった。

「レオンハルト様……? なぜ、ここに……」

エレナが息を呑む。

「陛下! 救ってくださいませ……!」

リリィが車椅子の上から、消え入りそうな声で王の衣の裾を掴んだ。

「私が……、私が医薬院で療養中、第一側室エレナ様とブリジェット様が、私の宮の隠密であった第三側室カタリナ様を不当に拉致し、地下に監禁しているという密告を受けたのです。私がそれを止めようとすると、ブリジェット様の騎士たちに乱暴に突き飛ばされ、危うくお腹の御子を失うところでした……!」

「な、何だって……!?」

ブリジェットが怒りで顔を真っ赤にする。

「ふざけるな! カタリナを監禁し、拷問していたのはその女だ! 自分の足で歩けないフリをして、よくもそんな大嘘を――」

「黙れ、ブリジェット」

レオンハルトの、地を這うような低い声が場を圧した。
王の視線は、ブリジェットの騎士たちに抱えられ、血に塗れて意識を失っているカタリナへと向けられる。

客観的な状況は、最悪だった。
正妻代行となり、後宮の最高権力を握ったばかりのエレナが、自らの私兵(ブリジェットの騎士団)を動かし、王宮の地下で第三側室カタリナを「血塗れの状態で拘束(奪還だが、周囲からは拉致に見える)」している現場を、王の前に晒されてしまったのだ。

「エレナ。説明を求めよう」

レオンハルトの瞳には、一切の感情が消えていた。

リリィは王の背後で、涙を拭うフリをしながら、エレナに向けて【ぞっとするほど冷酷な蛇の微笑み】を浮かべていた。

(ククク……、哀れな平民の魔女。カタリナを救出にくることなど、すべて織り込み済みよ。貴女が権力を盾に暴走し、他の側室を拉致・監禁したという『大逆の冤罪』で、今度こそその首を処刑台へ送ってあげるわ!)

「……罠、だったのね」

エレナは、リリィの底なしの悪意を正面から受け止めながら、ドレスの裾を強く握りしめた。

カタリナの救出には成功したものの、リリィの狡猾極まる「逆襲の牙」によって、エレナは一転して、後宮を揺るがす大逆の容疑者として絶体絶命の窮地へと追い詰められるのだった。