最年長側室の覚醒 〜身分の低い私の息子が世継ぎですか? 必ず命を狙われるので、死に物狂いで守ってみせます〜

第六側室リリィによる主治医ロベルトの暗殺未遂事件。
それは、彼女を事実上の幽閉状態へと追い込み、その動きを完全に封殺することに成功した。
しかし、第一側室エレナの冷徹なる戦術眼は、白百合宮の魔女だけに留まってはいなかった。

(リリィが動けない今だからこそ、もう一つの『膿』を完全に絞り出さねばならないわ。開かずの塔から法律を武器にアルフレッドの未来を阻もうとする、オーレリア様……そして、彼女の後ろ盾である建国以来の大貴族たちをね)

ハミルトン公爵率いる保守派貴族たちが提出した『血統異議申立書』は、未だに高位審判院の不気味な火種として残っていた。
彼らを血統という名の聖域から引きずり下ろし、二度と立ち上がれないよう完璧に圧殺するため、エレナは国王レオンハルトと共に、水面下で進めていた「最後の包囲網」を起動させた。

それは、カタリナの隠密ネットワークが命懸けで掴んだ、国家の根幹を揺るがす恐るべき裏切りの物証だった。



その日の深夜、国王の絶対聖域である「機密執務室」にて。
レオンハルトとエレナは、机の上に広げられた数通の古い書簡、そして特殊な魔術印が捺された密約書の数々を見つめていた。

「――やはり、そうだったか」

レオンハルトの端正な顔が、怒りと蔑みによって氷のように冷たく強張る。

「はい、陛下。オーレリア様の実家である最高位公爵家、およびハミルトン公爵らは、単に王宮内の権力闘争に狂っていただけではありませんでした。彼らは、リリィ様が入内する遥か数年前から、ガルディニア帝国と密通していたのです」

エレナが指し示した書簡には、驚くべき売国の記録が残されていた。
正妻オーレリアに王位を継げる男児が生まれなかった焦りから、彼らは帝国の高官と接触。
「平民の血を引くアルフレッドを廃嫡し、公爵家の権益を守るためなら、王国の北防衛線の軍事配置図を帝国へ割譲する」という、明確な【国家反逆】の密約を交わしていたのである。
リリィの入内も、彼らが帝国を王宮に引き入れるための道案内をした結果に過ぎなかったのだ。

「自分の地位を守るためなら、このクインテラ王国を敵国に切り売りしても構わぬと……。歴代の先王たちが血を流して守ってきたこの国を、あの雌狐どもは私欲のために泥に塗れさせたか!」

レオンハルトの拳が机に叩きつけられ、凄まじい覇気が室内に満ちる。

「陛下、これだけの物証があれば、もはや高位審判院の法律も、彼らを救う盾にはなり得ません。血統を誇る彼ら自身が、国を滅ぼそうとした『最大の逆賊』だったのですから」

エレナの瞳には、一切の容赦のない冷徹な光が宿っていた。
我が子・アルフレッドを害そうとした者たちへの、これが母親としての、そして戦術家としての最後の鉄槌であった。

「よくぞここまで調べ上げた、エレナ。余の、そしてこの国の真の守護者は貴様だ」

レオンハルトはエレナの細い身体を強く抱きしめ、耳元で低く宣言した。

「夜が明けたら、すべてのネズミを処刑台へ送る。建国以来の悪弊を、ここで完全に断ち切るのだ」



翌朝、クインテラ王宮の歴史において最も「血深い一日」が始まった。

大謁見の間には、何も知らずに『大御前審判』の段取りを進めようとしていたハミルトン公爵をはじめとする保守派貴族たちが集まっていた。
裁判長席に座るバルトロメウス長官は、今日もエレナをどう追い詰めるか、傲慢な笑みを浮かべていた。

しかし、重厚な扉が乗降の音を立てて開いた瞬間、室内の空気は一変した。

入ってきたのは、第一側室エレナではない。
フルプレートアーマーを身に纏い、抜き身の大剣を握りしめた第三側室ブリジェット率いる「バルトロメウス騎士団」の精鋭、数十名であった。
彼らは一瞬にして大謁見の間を包囲し、貴族たちの退路を完全に断った。

「な、何事だ……!? ブリジェット、近衛でもない貴様の騎士団が、なぜこの神聖なる議場に武器を持って立ち入る!」

ハミルトン公爵が立ち上がり、声を荒げる。

「直頭、大逆人を捕らえるためさ」

ブリジェットが不敵に笑うと、背後の王座のカーテンが開き、国王レオンハルトが、その隣に第一側室エレナを伴って堂々と姿を現した。

「陛下……!? それに、なぜ平民の女がそこに!」

バルトロメウス長官が驚愕に目を見開く中、レオンハルトは玉座に深く腰掛け、氷のような声を響かせた。

「高位審判院長官バルトロメウス、およびハミルトン公爵。貴様ら一族、並びにオーレリアの生家に、【国家反逆罪】の容疑がかけられている」

「な……な、何をおっしゃいますか陛下! 我らは建国以来、王家の血統を守ってきた忠臣……!」

「黙れ、売国奴め」

エレナが一歩前へ出ると、カタリナの手によって、例の帝国との密約書と書簡の束が、議場の中央へとバラバラと投げ落とされた。
大理石の床に散らばる、見覚えのある帝国魔術印の数々に、ハミルトン公爵らの顔から一瞬にして血の気が引いた。

「それは……貴様らが自らの利益のために、王国の防衛線を帝国へ売り渡そうとした動かぬ証拠ですわ」

エレナの声には、怒りすら超えた絶対の拒絶があった。

「血統の尊厳を叫びながら、その裏で敵国と手を取り合い、この国を内側から腐らせていたのは貴方たちです。貴方たちに、アルフレッドの血を、私たちの生き方を汚いと謗る資格など、万に一つもありません!」

「く……あ、ああ……!」

ハミルトン公爵は膝から崩れ落ちた。
買収されていた審判院の判事たちも、その決定的な物証を前にしては、誰一人として擁護の声を上げることはできなかった。
法を司る者が、法によって完全に破滅した瞬間であった。

「判決を言い渡す」

レオンハルトが立ち上がり、冷酷に右手を振り下ろした。

「ハミルトン公爵家、およびオーレリアの実家たる公爵家は、本日を以てすべての爵位と財産を剥奪。一族の成人男子は全員、明日未明に斬首刑に処す。婦女子は生涯、辺境の鉱山へと流刑とする。……連れて行け!」

「陛下! 陛下――っ!!」

絶叫と悲鳴が響き渡る中、かつて後宮を、そして王国を我が物顔で支配していた大貴族たちは、ブリジェットの部下たちによって引きずられるようにして連行されていった。



そして、その日の夕刻。

王宮の最北端、「開かずの塔」の最上階。

部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、黒いドレスを纏ったエレナ、そして銀のトレイを持った侍従であった。
トレイの上には、妖しく煌めく液体が満ちた、一客の硝子杯が置かれている。

ベッドの上に座り、髪を振り乱していたオーレリアは、その杯を見た瞬間、自らのすべてが終わったことを悟った。

「……平民の、泥め。私を殺しにきたのね」

オーレリアの声は、掠れ、乾ききっていた。

「貴女を殺すのは私ではありません、オーレリア様。貴女自身の犯した、大逆という名の罪です」

エレナは静かにオーレリアの前に立ち、冷徹に見下ろした。

「貴女の実家は、帝国との密通の証拠を以て、今朝方すべて連座の刑に処されました。貴女が頼りにしていた法律の盾も、もうどこにもありませんわ」

「アハハ……ハハハハ!」

オーレリアは狂ったように笑い出した。その目から、血のような涙が溢れ落ちる。

「私の負けよ……。でもね、エレナ。貴女も幸せにはなれないわ。貴女がどれだけ足掻こうとも、その息子の身体には、下賎な平民の血が流れているのよ! 王国がそれを許すはずがない……!」

「いいえ」

エレナは真っ直ぐにオーレリアを見据え、毅然と言い放った。

「アルフレッドは、貴女たちのような古臭い呪いを、自らの知恵で完全に踏み越えていきますわ。……さあ、お受け取りなさい。これが貴女の、最後の気高さです」

エレナの圧倒的な威厳に気圧されたオーレリアは、震える手でトレイから【最期の毒杯】を取り上げた。
彼女はレオンハルトと過ごしたかつての栄華を思い浮かべるように、一瞬だけ目を閉じると、一気にその毒液を煽り、飲み干した。

数分後、かつて後宮の頂点で絶対的な権力を誇った正妻オーレリアは、静かに床へと崩れ落ち、息を引き取った。

エレナは亡骸となった彼女を見つめ、深く、静かに目を閉じた。

「……これで、ようやく一つ」

長年、後宮を暗黒の身分制度で支配し、エレナたちを苦しめ続けてきた「正妻派」は、ここに跡形もなく、完全に滅亡したのである。

しかし、後宮の戦いはまだ終わらない。
正妻派という巨大な盾を失った第六側室リリィは、自らの破滅が秒読み段階に入ったことを悟り、狂気的な焦燥感と共に、あの忌まわしい【赤ん坊のすり替え計画】の最終実行へと、その細く汚れた手を伸ばし始めるのであった。