国王・レオンハルトが下した聖断――「三ヶ月後、全貴族が集う【大御前審判】を執り行う」という布告は、クインテラ王国全土を揺るがす大嵐となった。
しかし、大貴族の重鎮であるハミルトン公爵率いる保守派、そして幽閉先から糸を引くオーレリアの残党たちは、この審判を「平民の血を引くアルフレッドを合法的に排除するための公開処刑場」にするべく、水面下で冷酷な根回しを完了させていた。
審判の端緒となる、臨時の大御前会議。
大謁見の間には、重厚な法衣を身に纏った高位審判院の判事たちと、金と権力で固められた保守派貴族たちが居並び、不気味な沈黙を保っていた。
その中央に立つのは、第一側室エレナ。
彼女は一点の曇りもない深紅のドレスを身に纏い、背筋を美しく伸ばして、裁判長席に座る男をじっと見据えていた。
高位審判院長官、バルトロメウス・ハミルトン。
ハミルトン公爵の血縁であり、正妻オーレリアの実家とも深く繋がる、保守派の精神的支柱にして「法律の絶対権力者」である。
「――では、第一側室エレナ。これより、第六側室リリィ殿の陣営から提出された『王位継承権に関する異議申立』の審理を開始する」
長官バルトロメウスは、尊大な態度で分厚い法典を叩き、冷酷な笑みを浮かべた。
「我が国の最高法規である王位継承法第十三条には明白に記されている。『平民の血を引く者は、継承順位を最下位とする』とな。対して、第六側室リリィ殿は帝国の高貴なる血筋であり、さらに先だって陛下より『正妻と同等の権限』を賜った。血統の尊厳、そして法の厳格性に照らし合わせれば、エレナ殿、貴女の息子であるアルフレッド王子の第一継承権は、今この瞬間を以て【剥奪】されるべきである。何か弁明はあるか?」
どよめきが、貴族たちの間に広がる。
長官は最初からエレナの言葉を聞く耳など持たず、法を盾にして一気に勝負を決める腹づもりだったのだ。
しかし、エレナは微塵も動じなかった。
彼女の隣に控える第二側室カタリナが、冷ややかな笑みを浮かべて一歩前へ出る。
「ふふ……長官、随分と都合の良い解釈をなさるのね。法を司る最高責任者でありながら、法典の『一部』しか読めないのかしら?」
「何だと……!? 不敬であるぞ、第二側室!」
バルトロメウスが顔を真っ赤にして机を叩く。
「不敬なのはどちらでしょうか」
エレナの、凛とした鈴の音のような声が、広く冷たい大理石の空間に響き渡った。
彼女の瞳には、絶対的な知略の光が宿っている。
「長官、貴方が仰った第十三条には、さらに重要な『但し書き』が存在するはずですわ。カタリナ様、読み上げて差し上げてください」
カタリナは懐から、歴史の王宮図書館から密かに持ち出された、建国初期の「原典法典」の写しを広げた。
「王位継承法第十三条・補足条項。――『ただし、国家が未曾有の危機、あるいは変革期にある場合、王嗣の正統性は血統のみに非ず。その王嗣、およびその母たる陣営が、王国の財政、防衛、あるいは内政において【比類なき具体的貢献】を示した場合、王は審判院の議を経て、血統の瑕疵を完全に無効化し、第一王嗣として指名できる』。……長官、この条文を意図的に無視されましたね?」
バルトロメウスは一瞬、言葉に詰まった。しかし、すぐに卑屈な笑いを取り戻す。
「フン、その補足条項が適用されたのは、二百年前の建国戦争の時のみだ! 今の平穏な王国において、平民の女とその子供が、一体どのような『具体的貢献』を示したというのだ? 財政を破綻させ、後宮を混乱に陥れた貴女が、国に貢献など――」
「財政を破綻させた? 面白い冗談を仰いますわね、長官」
今度は、エレナの背後から第四側室フィオナが、豪奢な扇をパチンと鳴らして優雅に進み出た。
彼女の手には、金色の紐で縛られた分厚い帳簿の山が握られている。
「ハミルトン長官、および諸侯の皆様。こちらをご覧あそばせ」
フィオナは帳簿を開き、全貴族に向けて掲げた。
「これは、私がエレナ様の指示のもと、この数ヶ月間で再建した『王宮財務および国境交易の収支報告書』ですわ。正妻オーレリア様の実家が、長年『防衛費』の名目で横領していた年間三百万ゴールドの使途不明金を完全に特定し、それをすべて国庫へ回収いたしました。さらに、ローゼンタール商会のルートを使い、北方の寒冷地との新規交易ルートを開拓。王国の関税収入は、前年比で【40%の増加】を記録しております」
「な、何だと……!? 三百万ゴールド……!?」
貴族たちの中から、驚愕の悲鳴が上がる。
それは、ハミルトン公爵家をはじめとする保守派貴族たちが、甘い汁を吸い続けていた利権そのものだった。
「防衛に関しても、私から補足させてもらうよ」
最後に前に出たのは、第三側室ブリジェットだった。
彼女は腰の長剣の柄に手を当て、凄まじい武人の威圧感を放ちながらバルトロメウスを睨みつける。
「オーレリアが失脚した後、王宮の防衛陣形はガタガタだった。そこで、エレナの知恵を借り、我がバルトロメウス騎士団の精鋭を配置し直した。その結果、先月だけで、帝国から送り込まれた間諜(工作員)を【計十七名】、王宮の深部に入る前に一網打尽にしてやったよ。……国を内側から守っているのは、血統にあぐらをかいている貴様らではなく、私たちエレナ陣営だ!」
フィオナの財力、ブリジェットの武力、カタリナの情報力。
それらすべての歯車を完璧に噛み合わせ、国を動かしている真の支配者――それが、エレナという一人の平民出身の女性だった。
大謁見の間は、完全にエレナ陣営の圧倒的な実績によって支配された。
保守派の貴族たちは、自らの汚職を暴かれた恐怖と、非の打ち所のない数字の暴力の前に、ガタガタと震えるしかなかった。
「く……くおぉぉ……っ!」
バルトロメウス長官は、怒りと屈辱で顔を歪ませ、最後の悪あがきとして、審判席から身を乗り出して叫んだ。
「だ、だが! リリィ殿は今、陛下のお子をそのお腹に宿されているのだぞ! 幾ら貴女方が財政や防衛で実績を上げようとも、国家最高の貢献とは、王家の血脈を繋ぐこと! 近々生まれるリリィ殿の御子こそが、至高の存在であることに変わりはない!」
待っていました、とばかりにエレナの唇が、冷酷な弧を描いた。
これこそが、彼女がこの御前会議で敵に言わせたかった「決定的な一言」だった。
「ええ、その通りですわ、長官」
エレナは、バルトロメウス、そして集まった全貴族を見据え、堂々と宣言した。
「ならば、三ヶ月後の【大御前審判】の当日。リリィ様がその無事な出産を終えられたその瞬間に、すべてを決めましょう。私が育て、すでにその天才的な頭脳で国家の歴史書を読み解きつつあるアルフレッドと、リリィ様が産むとされるお子。どちらが本当にクインテラ王国の未来を担うに相応しいか……法律、実績、そして【血の真実】を以て、全貴族の前で証明してご覧に入れますわ」
エレナの圧倒的な威厳と、勝者の余裕に満ちたオーラに、バルトロメウスは完全に気圧され、乾いた木槌を叩くことしかできなかった。
「……判明した。三ヶ月後の大御前審判にて、すべてを決する……!」
会議は閉廷した。エレナ陣営の、完璧なる言葉の勝利(完全論破)であった。
しかし、大謁見の間を出たエレナの表情には、一筋の油断もなかった。
「エレナ様、完璧な舌戦でしたわね。敵の長官は青ざめておりましたわ」
フィオナが満足げに微笑む。
「いいえ、本番はこれからよ」
エレナは、静かに拳を握りしめた。
「今日の会議で、リリィ(帝国)は完全に退路を断たれたわ。彼女が審判で勝つには、三ヶ月後のその日に、何が何でも『本物の男児の赤ん坊』を抱いて現れるしかない。……敵は必ず、内膳司の勝手口から赤ん坊の密輸を実行する。カタリナ様、ブリジェット様、網を極限まで絞りなさい。ネズミ一匹、通してはならないわ」
御前会議の舌戦を圧倒的な知略で制したエレナ。
だが、その裏で、リリィの仕掛ける「赤ん坊すり替え計画」は、罪なき他人の命を巻き込む、あまりにも残酷なカウントダウンへと突入していくのであった。
しかし、大貴族の重鎮であるハミルトン公爵率いる保守派、そして幽閉先から糸を引くオーレリアの残党たちは、この審判を「平民の血を引くアルフレッドを合法的に排除するための公開処刑場」にするべく、水面下で冷酷な根回しを完了させていた。
審判の端緒となる、臨時の大御前会議。
大謁見の間には、重厚な法衣を身に纏った高位審判院の判事たちと、金と権力で固められた保守派貴族たちが居並び、不気味な沈黙を保っていた。
その中央に立つのは、第一側室エレナ。
彼女は一点の曇りもない深紅のドレスを身に纏い、背筋を美しく伸ばして、裁判長席に座る男をじっと見据えていた。
高位審判院長官、バルトロメウス・ハミルトン。
ハミルトン公爵の血縁であり、正妻オーレリアの実家とも深く繋がる、保守派の精神的支柱にして「法律の絶対権力者」である。
「――では、第一側室エレナ。これより、第六側室リリィ殿の陣営から提出された『王位継承権に関する異議申立』の審理を開始する」
長官バルトロメウスは、尊大な態度で分厚い法典を叩き、冷酷な笑みを浮かべた。
「我が国の最高法規である王位継承法第十三条には明白に記されている。『平民の血を引く者は、継承順位を最下位とする』とな。対して、第六側室リリィ殿は帝国の高貴なる血筋であり、さらに先だって陛下より『正妻と同等の権限』を賜った。血統の尊厳、そして法の厳格性に照らし合わせれば、エレナ殿、貴女の息子であるアルフレッド王子の第一継承権は、今この瞬間を以て【剥奪】されるべきである。何か弁明はあるか?」
どよめきが、貴族たちの間に広がる。
長官は最初からエレナの言葉を聞く耳など持たず、法を盾にして一気に勝負を決める腹づもりだったのだ。
しかし、エレナは微塵も動じなかった。
彼女の隣に控える第二側室カタリナが、冷ややかな笑みを浮かべて一歩前へ出る。
「ふふ……長官、随分と都合の良い解釈をなさるのね。法を司る最高責任者でありながら、法典の『一部』しか読めないのかしら?」
「何だと……!? 不敬であるぞ、第二側室!」
バルトロメウスが顔を真っ赤にして机を叩く。
「不敬なのはどちらでしょうか」
エレナの、凛とした鈴の音のような声が、広く冷たい大理石の空間に響き渡った。
彼女の瞳には、絶対的な知略の光が宿っている。
「長官、貴方が仰った第十三条には、さらに重要な『但し書き』が存在するはずですわ。カタリナ様、読み上げて差し上げてください」
カタリナは懐から、歴史の王宮図書館から密かに持ち出された、建国初期の「原典法典」の写しを広げた。
「王位継承法第十三条・補足条項。――『ただし、国家が未曾有の危機、あるいは変革期にある場合、王嗣の正統性は血統のみに非ず。その王嗣、およびその母たる陣営が、王国の財政、防衛、あるいは内政において【比類なき具体的貢献】を示した場合、王は審判院の議を経て、血統の瑕疵を完全に無効化し、第一王嗣として指名できる』。……長官、この条文を意図的に無視されましたね?」
バルトロメウスは一瞬、言葉に詰まった。しかし、すぐに卑屈な笑いを取り戻す。
「フン、その補足条項が適用されたのは、二百年前の建国戦争の時のみだ! 今の平穏な王国において、平民の女とその子供が、一体どのような『具体的貢献』を示したというのだ? 財政を破綻させ、後宮を混乱に陥れた貴女が、国に貢献など――」
「財政を破綻させた? 面白い冗談を仰いますわね、長官」
今度は、エレナの背後から第四側室フィオナが、豪奢な扇をパチンと鳴らして優雅に進み出た。
彼女の手には、金色の紐で縛られた分厚い帳簿の山が握られている。
「ハミルトン長官、および諸侯の皆様。こちらをご覧あそばせ」
フィオナは帳簿を開き、全貴族に向けて掲げた。
「これは、私がエレナ様の指示のもと、この数ヶ月間で再建した『王宮財務および国境交易の収支報告書』ですわ。正妻オーレリア様の実家が、長年『防衛費』の名目で横領していた年間三百万ゴールドの使途不明金を完全に特定し、それをすべて国庫へ回収いたしました。さらに、ローゼンタール商会のルートを使い、北方の寒冷地との新規交易ルートを開拓。王国の関税収入は、前年比で【40%の増加】を記録しております」
「な、何だと……!? 三百万ゴールド……!?」
貴族たちの中から、驚愕の悲鳴が上がる。
それは、ハミルトン公爵家をはじめとする保守派貴族たちが、甘い汁を吸い続けていた利権そのものだった。
「防衛に関しても、私から補足させてもらうよ」
最後に前に出たのは、第三側室ブリジェットだった。
彼女は腰の長剣の柄に手を当て、凄まじい武人の威圧感を放ちながらバルトロメウスを睨みつける。
「オーレリアが失脚した後、王宮の防衛陣形はガタガタだった。そこで、エレナの知恵を借り、我がバルトロメウス騎士団の精鋭を配置し直した。その結果、先月だけで、帝国から送り込まれた間諜(工作員)を【計十七名】、王宮の深部に入る前に一網打尽にしてやったよ。……国を内側から守っているのは、血統にあぐらをかいている貴様らではなく、私たちエレナ陣営だ!」
フィオナの財力、ブリジェットの武力、カタリナの情報力。
それらすべての歯車を完璧に噛み合わせ、国を動かしている真の支配者――それが、エレナという一人の平民出身の女性だった。
大謁見の間は、完全にエレナ陣営の圧倒的な実績によって支配された。
保守派の貴族たちは、自らの汚職を暴かれた恐怖と、非の打ち所のない数字の暴力の前に、ガタガタと震えるしかなかった。
「く……くおぉぉ……っ!」
バルトロメウス長官は、怒りと屈辱で顔を歪ませ、最後の悪あがきとして、審判席から身を乗り出して叫んだ。
「だ、だが! リリィ殿は今、陛下のお子をそのお腹に宿されているのだぞ! 幾ら貴女方が財政や防衛で実績を上げようとも、国家最高の貢献とは、王家の血脈を繋ぐこと! 近々生まれるリリィ殿の御子こそが、至高の存在であることに変わりはない!」
待っていました、とばかりにエレナの唇が、冷酷な弧を描いた。
これこそが、彼女がこの御前会議で敵に言わせたかった「決定的な一言」だった。
「ええ、その通りですわ、長官」
エレナは、バルトロメウス、そして集まった全貴族を見据え、堂々と宣言した。
「ならば、三ヶ月後の【大御前審判】の当日。リリィ様がその無事な出産を終えられたその瞬間に、すべてを決めましょう。私が育て、すでにその天才的な頭脳で国家の歴史書を読み解きつつあるアルフレッドと、リリィ様が産むとされるお子。どちらが本当にクインテラ王国の未来を担うに相応しいか……法律、実績、そして【血の真実】を以て、全貴族の前で証明してご覧に入れますわ」
エレナの圧倒的な威厳と、勝者の余裕に満ちたオーラに、バルトロメウスは完全に気圧され、乾いた木槌を叩くことしかできなかった。
「……判明した。三ヶ月後の大御前審判にて、すべてを決する……!」
会議は閉廷した。エレナ陣営の、完璧なる言葉の勝利(完全論破)であった。
しかし、大謁見の間を出たエレナの表情には、一筋の油断もなかった。
「エレナ様、完璧な舌戦でしたわね。敵の長官は青ざめておりましたわ」
フィオナが満足げに微笑む。
「いいえ、本番はこれからよ」
エレナは、静かに拳を握りしめた。
「今日の会議で、リリィ(帝国)は完全に退路を断たれたわ。彼女が審判で勝つには、三ヶ月後のその日に、何が何でも『本物の男児の赤ん坊』を抱いて現れるしかない。……敵は必ず、内膳司の勝手口から赤ん坊の密輸を実行する。カタリナ様、ブリジェット様、網を極限まで絞りなさい。ネズミ一匹、通してはならないわ」
御前会議の舌戦を圧倒的な知略で制したエレナ。
だが、その裏で、リリィの仕掛ける「赤ん坊すり替え計画」は、罪なき他人の命を巻き込む、あまりにも残酷なカウントダウンへと突入していくのであった。



