最年長側室の覚醒 〜身分の低い私の息子が世継ぎですか? 必ず命を狙われるので、死に物狂いで守ってみせます〜

正妻オーレリアが「開かずの塔」へと生涯幽閉され、正妻派の大貴族たちが事実上の政治的失脚を迎えたことで、後宮の権力構造は第一側室エレナを中心に一本化されたかに見えた。
しかし、建国以来数百年にわたり王国の利権を貪り続けてきた保守派貴族たちの執念は、それほど脆いものではなかった。
彼らにとって、平民の血を引くエレナが後宮の実質的なトップに君臨し、その息子アルフレッドが次期国王の最有力候補となる現実は、何としてでも阻止せねばならない「悪夢」そのものだったからである。

冷たい雨が王都を濡らす夜。
王宮の最北端にそびえ立つ、窓に鉄格子が嵌められた「開かずの塔」。
その一室で、かつての絶対権力者オーレリアは、煤けたドレスのまま、狂気と怨嗟に満ちた目で一枚の羊皮紙にペンを走らせていた。

「フフ、アハハ……! 私はまだ負けていないわ。私の背後には、王国の正統なる血筋を重んじる神聖なる法がある。平民の生んだ汚れた血の子供(アルフレッド)など、絶対に王位には就かせない……!」

彼女が書いていたのは、実家の公爵家を通じて、国内の保守派貴族の重鎮たちへと宛てた『血統異議申立書』であった。
かつて王宮の裏で数々の暗殺や汚職を指示してきた彼女は、幽閉されてなお、王国の根幹を揺るがす「法律の檻」を使って、エレナの最愛の息子へ牙を剥こうとしていた。



翌朝、翡翠宮の空気は凍りついていた。
エレナの前に集まった側室たちの顔には、いつになく険しい表情が浮かんでいる。
特に財務を司る第四側室フィオナは、叩きつけるように一通の公式書簡をテーブルに置いた。

「エレナ様、大変なことになりましたわ。幽閉されたオーレリア元正妻の手引きにより、国内の保守派貴族の代表であるハミルトン公爵らが連名で、高位審判院に『王位継承権に関する重大な異議』を提出いたしました」

「異議……? 一体、どのような名目で?」

エレナは美しくも鋭い眉をひそめ、書簡を手に取った。

「法律ですわ」

第二側室カタリナが、冷酷な声でその書簡の裏にある「罠」を解説する。

「クインテラ王国の現行の王位継承法第十三条。そこには『王位を継承する第一王嗣は、公爵家以上の爵位を持つ正統なる正妃、あるいはそれに準ずる高位貴族の血を引く側室の子でなければならない。平民、あるいはそれに準ずる低位の血筋の者が産んだ子は、他に適格な王嗣がいる場合、その継承順位を最下位とする』と明記されているわ」

「なっ……何だって!? そんな古臭い法律、まだ生きていたのかい!」

ブリジェットが机を叩いて憤慨する。

「今、後宮で適格な男児を産んでいるのはエレナだけじゃないか! リリィのあのお腹は空っぽなんだろう? だったら、アルフレッドが次の王になるのは当然の道理だ!」

「いいえ、ブリジェット様。彼らの狙いはそこですわ」

フィオナが扇で額を押さえ、ため息をつく。

「法律上、リリィ様は現在『完全懐妊』として公式に認められており、しかも先日の御前会議で『正妻と同等の権限』を与えられました。つまり、法律の文面通りに解釈すれば、リリィ様は『公爵家以上の爵位(敵国とはいえ帝国の公爵令嬢)を持ち、正妻と同等の権限を持つ適格な側室』となるのです。対してエレナ様は、どこまでいっても『平民の血』。……もしこのまま裁判が進めば、審判院は『アルフレッド王子の王位継承権を剥奪し、リリィ様が産む(とされる)子供を第一継承者とする』という判決を下さざるを得なくなりますわ」

エレナの背筋に、氷のような戦慄が走った。
開かずの塔に籠もるオーレリアの狂気、そして白百合宮で「嘘」の出産の準備を進めるリリィ。
一見、敵対しているはずの二人の悪意が、皮肉にも「エレナとアルフレッドを破滅させる」という一点において、完璧な連動(コンビネーション)を見せていた。

オーレリアが法律でアルフレッドを縛り、リリィがそこに「すり替えた赤ん坊」を滑り込ませる。
これが完成すれば、クインテラ王国は合法的に帝国の操り人形へと成り下がり、エレナとアルフレッドは「王室の血を汚した大逆人」として、今度こそ処刑台へ送られることになる。

「本当に……どこまでも醜く、執念深い人たちね」

エレナは静かに書簡を置き、その瞳に底知れぬ怒りの炎を宿した。

「我が子の未来を奪うためなら、国を敵国に売り渡すことすら厭わないというの。……良いでしょう。そこまでして法律を武器に戦うというのなら、私にも考えがありますわ」

「エレナ様、何か策が?」

カタリナが問いかける。

「敵の狙いは、高位審判院で行われる『血統審判』の場で、アルフレッドの不適格性を証明すること。ならば、私たちがすべきことは二つ。一つは、リリィの『出産の日』までに、彼女の偽装妊娠と赤ん坊すり替えの動かぬ証拠を完璧に揃えること。そしてもう一つは……」

エレナは立ち上がり、テラスの向こうにある国王の執務宮を見つめた。

「この不条理な『血統の壁』そのものを、内側から粉砕することよ」

「……まさか、陛下を動かすおつもりですか?」

フィオナが驚きに目を見開く。

「ええ。レオンハルト様は、リリィの背後にいる帝国を炙り出すために耐えていらっしゃる。ならば、この国内の保守派貴族たちの暴走を、陛下が『逆賊の連帯』として一網打尽にするための絶好の好機に変えてみせますわ」



その日の深夜。
エレナは再び、国王レオンハルトと秘密の謁見を行っていた。
薄暗い燭台の光の中、レオンハルトはエレナから提出された保守派貴族たちの署名簿を見つめ、酷く冷徹な、しかし満足げな笑みを浮かべた。

「ふん……ハミルトン公爵に、幽閉されたオーレリアか。やはり、余がリリィを優遇したことで、水面下に隠れていた『国を売る大貴族ども』が、一斉に首を持ち上げてきたな」

「陛下、彼らはリリィ様の『偽りの懐妊』を利用し、我が子アルフレッドの継承権を合法的に剥奪しようとしています。高位審判院の長官も、すでにハミルトン公爵からの巨額の賄賂で買収されているとの情報がありますわ」

レオンハルトは立ち上がり、エレナの細い肩を引き寄せた。

「エレナ、恐れるな。余が愛し、王位を継がせるのは貴様との間に生まれたアルフレッド、ただ一人だ。古臭い法など、余がこの手で書き換えてやる」

「いいえ、レオンハルト様」

エレナは王の胸に手を当て、静かに首を振った。

「今、陛下が強引に法律を書き換えれば、貴族たちの反発は激化し、国内は内乱状態になりますわ。それはリリィ(帝国)の最も望む展開です。……法には、法を以て対抗すべきです」

「法には、法を……? 一体どうする気だ」

「王宮の古い歴史書に、ある特例が残されています。建国初期、王家に血統の危機が訪れた際、時の国王は『側室の身分を問わず、その才覚と国家への貢献度を以て、王嗣の適格性を再評価する【試練の法】』を発動したとあります。……陛下、どうか高位審判院に対し、血統だけでなく、アルフレッドと、リリィ様が産むとされる子供(あるいはその陣営)の『国家への貢献度と知略』を競わせる、公開の審判を命じてください」

レオンハルトはエレナの言葉の意図を瞬時に理解し、その天才的な頭脳に感嘆の息を漏らした。

「なるほどな……。血統という絶対の基準を『成果』という不確定な基準へと引きずり下ろすわけか。それならば、まだ見ぬリリィの子供など、現在進行形で英才教育を受け、実績を上げつつあるアルフレッドの足元にも及ばない」

「ええ。そして、その公開審判の場こそが、リリィが仕掛ける『赤ん坊のすり替え』を実行せざるを得ない、唯一のタイミングとなります。敵を打って出させ、その瞬間にすべての嘘を破裂させるのです」

「素晴らしいな、エレナ。貴様は本当に、余の最高の『魔女』だ」

レオンハルトはエレナの唇に深く、熱い誓いのキスを刻んだ。



数日後、クインテラ王宮に激震が走った。
国王レオンハルトは、保守派貴族たちの『血統異議申立書』を受理した上で、前代未聞の聖断を下したのである。

『王位継承権の正統性を証明するため、三ヶ月後、全貴族が集う【大御前審判】を執り行う。第一側室エレナ、そして第六側室リリィの双方は、自らの陣営の正当性と国家への貢献を、全貴族の前で証明せよ!』

この発表を聞いた白百合宮のリリィは、医薬院のベッドの上で、不敵な笑みを浮かべていた。

「ククク……アハハハ! 哀れな平民の女。自ら破滅の舞台(大御前審判)を用意するなんてね。三ヶ月後……それはまさに、私の『偽りの出産予定日』と完全に一致するわ。全貴族が見守るその場で、私は帝国の用意した完璧な赤ん坊を抱き、貴女たちを合法的に処刑台へ送ってあげる!」

リリィは即座に、帝国の工作員ネットワークへ向けて最後の指令を発した。

「赤ん坊の密輸計画を最終段階へ移行させなさい。ルートは……内膳司の勝手口。審判の当日の朝、完璧に実行するわ!」

オーレリアが放った「開かずの塔からの呪い」は、エレナの知略によって、すべての決着をつけるための「最後の決戦の舞台」へと昇華された。
しかし、エレナたちがリリィの密輸ルートを監視する中、物語は急展開を迎える。
なんと、リリィが密輸しようとしている赤ん坊の「本当の母親」が、悲痛な叫びを上げて王宮の門前へと現れるという、予想だにしなかった大波乱が巻き起こるのである。