最年長側室の覚醒 〜身分の低い私の息子が世継ぎですか? 必ず命を狙われるので、死に物狂いで守ってみせます〜

国王・レオンハルトからの深夜の密告は、絶望のどん底にいたエレナ陣営にとって、暗闇を切り裂く一筋の強烈な稲妻となった。

「余は一度たりとも、リリィに指一本触れてはいない」

その言葉が真実であるならば、第六側室リリィの「完全懐妊」という公式発表の裏には、王宮そのものを欺く巨大な医療トリックが隠されていることになる。


翌朝、翡翠宮の最奥にある秘密の会議室には、エレナの呼びかけによって再び四人の側室たちが集結していた。

「――なるほどね。陛下がそんな命懸けの芝居を打っていたとはね」

ブリジェットが腕を組み、蜂蜜色の瞳に鋭い光を宿す。昼間の怒りは消え去り、今は獲物を狙う戦士の顔に戻っていた。

「ですがエレナ様、医薬院の総監と審問院長官が連名で出した『懐妊証明書』は、法的に絶対の効力を持っていますわ」

フィオナが眉をひそめ、手元の資料を扇で叩く。

「あれを覆すには、単なる『疑惑』では足りません。医薬院のトップが『自分の診断は間違い、あるいは捏造だった』と公式に認めざるを得ないほどの、逃れられない決定的な証拠が必要です」

「その証拠、私が掴んでみせるわ」

そう言って冷酷に微笑んだのは、第三側室カタリナだった。
彼女はすでに、徹夜で調べ上げた王宮医薬院の内部構造と、人事記録の束をテーブルに広げていた。

「リリィの主治医を務めているのは、医薬院の次席補佐であるロベルト・ヴァイス。彼は優秀な医師だけど、ギャンブルで作った巨額の隠し借金があるわ。さらに、彼の病気の妹は現在、ガルディニア帝国の国境近くの療養所にいる……。完全にリリィ(帝国)に首輪を握られている男よ」

エレナはカタリナの言葉に深く頷いた。

「リリィはそのロベルトを脅迫、あるいは買収し、自らの『偽りの懐妊』を正当化させたのね。カタリナ様、ロベルトの身柄を確保することは可能ですか?」

「ええ。今日の深夜、彼がシフトを終えて王宮の外にある秘密の愛人宅へ向かうルートを完全に把握しているわ。ブリジェット様の『力』をお借りすれば、ネズミ一匹通さずに拉致できる」

「ハッ、お安い御用さ。骨の一本も折らずに、綺麗なままで連れてきてやるよ」

ブリジェットが獰猛に笑う。

エレナはフィオナに向き直った。

「フィオナ様、貴方の財力で、ロベルトの妹を帝国の療養所から秘密裏に救出し、我が国の安全な領地へ移送することはできますか? 彼の口を開かせるには、帝国の脅迫から解放してあげる必要があります」

「ふふ、お任せくださいな。金に糸目はつけませんわ。大陸一の護衛を雇って、今夜中にその妹君をこちらへお迎えしてみせましょう」

四人の連携は、かつてないほどに迅速で完璧だった。
王宮を支配したつもりでいるリリィの足元で、彼女の「嘘」を剥ぎ取るための巨大な網が、静かに、そして確実に狭まっていった。



その日の深夜。王宮の北門から少し離れた薄暗い路地裏で、計画は実行された。

「ひっ……!? な、何奴だ……!」

仕事を終え、外套に身を包んで歩いていたロベルト医師の前に、突如として巨躯の影が立ちはだかった。
叫ぼうとした彼の首筋に、ブリジェットの冷たい手刀が叩き込まれる。
ロベルトは声を上げる暇もなく、泥のように意識を失った。

数時間後。ロベルトが目を覚ましたのは、翡翠宮の地下に掘られた、普段は使われていない古い貯蔵庫の中だった。
目の前には、椅子に腰掛けたエレナが、氷のように冷たい眼差しで自分を見下ろしている。
その隣には、腕を組んだブリジェットと、不気味な微笑みを浮かべるカタリナが控えていた。

「私は王宮の医師だぞ! こんなことをして、ただで済むと――」

ロベルトは必死に身をよじり、大声を上げようとした。

「声を張らない方が身のためよ、ロベルト医師」

カタリナが冷酷に書類を一枚、彼の目の前に落とした。

「貴方が帝国の工作員から受け取った巨額の裏金の流動記録。そして、貴方が毎月、リリィ様の元へ届けている『ある特殊な薬物』の処方箋の控えよ。……言い逃れができると思っているの?」

「な……なぜそれを……っ!?」

ロベルトの顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。

「私たちは貴方を殺しにきたのではないわ。だから、それは安心してほしいわ」

エレナが静かに、しかし圧倒的な威圧感を伴って語りかける。

「貴方がリリィに脅されていた理由は知っています。帝国の療養所にいる貴方の妹君のことね」

「い、妹に手を出すな! ああ、神よ……! 妹を殺されたくなければ、第六側室様の指示に従えと、あの女に……!」

ロベルトは床に頭を擦り付け、涙を流して絶鳴した。

「安心しなさい。貴方の妹君は、たった今、フィオナ様の私兵によって無事に救出され、我が国の安全な庇護下に置かれました。これが、妹君の直筆の手紙よ」

カタリナがもう一枚の紙を差し出す。そこには、兄を心配する妹の、間違いなき筆跡が残されていた。

「あ……ああ……! 良かった、本当に良かった……!」

ロベルトは号泣した。
最大の呪縛から解放された彼は、もはやエレナたちに嘘をつく理由を失っていた。

エレナは椅子の背から身を乗り出し、鋭い声で本丸の問いを突きつけた。

「さあ、話しなさい、ロベルト。リリィのお腹の中の『真実』を。彼女は、一体どんな方法で医薬院の検査をパスしたの?」

ロベルトはガタガタと震えながら、涙を拭い、ついに王宮最大の禁忌を口にした。

「……偽装です。第六側室リリィ様は、妊娠などしていません」

「やはりね」

エレナの瞳がギラリと光る。

「リリィ様は、我が医薬院の禁忌の書庫に保管されていた、帝国の秘薬『マトリカの毒雫』を使用されているのです。あの薬は、女性の身体に一時的に激しいホルモンの異常を引き起こし、悪阻や腹部の微痛、さらには脈拍の変化に至るまで、本物の妊娠と『全く同じ兆候』を強制的に作り出す、恐るべき【想像妊娠の薬】なのです……!」

「想像妊娠の薬……!」

ブリジェットが驚愕の声を上げる。

「ええ……。ですから、私や総監がどれほど厳密に検診を行おうとも、身体の反応そのものが『妊娠状態』を示しているため、公式には『懐妊』と判断せざるを得なかったのです。しかし……それはすべて、薬が作り出した偽物、お腹の中は完全に空っぽなのです!」

ロベルトの告白により、リリィの策略の全貌が完全に白日の下に晒された。
リリィの目的は、この「偽りの懐妊」を理由にして正妻と同等の権力を握り、後宮の防衛権や予算を掌握すること。
そして、クインテラ王国の主要機関を帝国の息のかかった大貴族や商会へとすり替え、国を内側から完全に腐らせ、崩壊させることだったのだ。

「なんという恐ろしい女……。自分の身体に毒を盛ってまで、国を奪おうというのね」

カタリナが珍しく不快感に眉をひそめる。

「ロベルト」

エレナは立ち上がり、絶望に震える医師を見据えた。

「貴方には、審問院の公式な場で、今話したすべての真実を証言してもらいます。もちろん、貴方と妹君の身の安全は、この第一側室エレナが命に代えても保証しますわ」

「は……はい! 喜んでお仕えいたします、エレナ様……!」

ロベルトは平伏し、エレナへの絶対の忠誠を誓った。

地下貯蔵庫を出たエレナたちの前に、夜明けの冷たい風が吹き付けた。

「勝ったね、エレナ」

ブリジェットが不敵に笑う。

「このロベルトの証言と証拠を陛下に提出すれば、リリィは一瞬で大逆罪の罪人として処刑台行きだ」

「ええ。でも、発表のタイミングは慎重に見極めなければならないわ」

エレナは、朝日に照らされる白百合宮を見つめながら、冷徹に思考を巡らせていた。

「リリィが完全に油断し、帝国のスパイネットワークの全容がさらに浮き彫りになったその瞬間に、この爆弾を破裂させる。それまでは、私たちはまだ『絶望しているフリ』を続けましょう」

リリィのお腹の中にある「嘘」を完全に暴き、勝利への切符を手にしたエレナ陣営。
しかし、物語は一筋縄ではいかない。エレナたちが次なる一手(反撃のタイミング)を推し量る中、もう一人の大物が、自らの破滅を早めるかのような「最悪の暴走」を始めようとしていた。

右腕ヴェロニカを失い、リリィの懐妊によって完全に正気を失った正妻オーレリアが、誰もが予想だにしなかった「血の凶行」へと打って出るのは、まさにこの直後のことであった。