第二側室ヴェロニカの失脚、そして彼女の後ろ盾であった公爵家一族の事実上の崩壊。
それは第一側室エレナ、第五側室ブリジェット、第三側室カタリナ、そして新たに陣営に加わった第四側室フィオナの四人連合が成し遂げた、完璧な電撃戦の成果であった。
正妻派の右腕をもぎ取ったことで、後宮の権力バランスは一時的にエレナ側へと大きく傾いたかに見えた。
翡翠宮のサンルームには、フィオナが差し入れた最高級の焼き菓子と茶葉の香りが漂い、束の間の勝利の余韻が部屋を満たしていた。
「いやあ、実に見事な手際だったね! ヴェロニカの奴が地下牢で泣き叫びながら引きずられていくのを見た時は、胸がすっとしたよ」
ブリジェットが豪快に笑いながら、ハーブティーを飲み干す。
「私の実家の商人連合も、すでに度支部(財政機関)の空いたポストへ人員を送り込み始めてわ。これで後宮の『お財布』は私たちが握ったも同然。エレナ様、私たちの勝ち戦はほぼ確定ですわね」
フィオナも琥珀色の瞳を輝かせ、満足そうに扇を煽る。
しかし、その歓喜の輪の中で、エレナとカタリナの二人だけは、一切の笑顔を見せていなかった。
「……お二人とも、まだ油断するのには早すぎますわ」
カタリナが静かに古文書から目を上げ、冷徹な一言を放つ。
「私たちは正妻派の『手下』を一人排除したに過ぎない。まだ、本物の怪物が動いていないのよ」
「本物の怪物……。白百合宮のリリィね」
エレナがカップを置く。
その脳裏には、先日深夜に訪れた国王レオンハルトの「あの女には一度も触れていない」という告白が残っていた。
王が触れていない以上、リリィの懐妊の噂は、帝国が仕掛けた単なる虚偽の工作、あるいはブラフのはずだった。
だが、その予測は、あまりにも最悪な形で裏切られることになる。
お茶会の余韻を切り裂くように、後宮の全域に、最高位の吉兆を知らせる「黄金の鐘」が重々しく響き渡った。
その数は、正確に七回。
それは王宮において、『直系の王嗣の懐妊が正式に証明された』時にしか鳴らされない、絶対の鐘の音だった。
「な……何事だ!? この鐘の数は……」
ブリジェットが驚愕して立ち上がる。
そこへ、顔面を真っ白にしたマルタが、息を切らせて部屋に飛び込んできた。
「エ、エレナ様! 大変でございます! 先ほど、王宮医薬院の総監と、審問院の長官が連名で、正式な最高告発書を発令いたしました! 第六側室リリィ様の御懐妊が……『間違いなき事実』として、正式に王宮全体へ発表されました……っ!」
「何だって!?」
ブリジェットの叫び声が響く。
「そんなはずはないわ!」
フィオナも立ち上がり、驚きで扇を床に落とした。
「陛下はここ数日、政務にかこつけて白百合宮への立ち入りを制限されていたはず。それに、医薬院の総監は我が実家の息がかかった者も多いのよ? それを飛び越えて正式発表だなんて……」
エレナの脳裏を、冷たい戦慄が駆け巡る。
(公式な発表……? 医薬院と審問院が同時に認めたということは、単なる『噂』ではない。客観的、かつ法的な証拠が揃ってしまったということ……? 陛下、貴方は抱いていないと仰ったのに、一体なぜ……!?)
激震が走る翡翠宮。しかし、絶望はそれだけに留まらなかった。
鐘の音が鳴り止まぬうちに、今度は国王レオンハルト直属の近衛兵の将軍が、全側室へ向けた「緊急勅令」を携えて翡翠宮へとやってきたのだ。
「第一側室エレナ殿。これより、国王陛下直々の御前会議を『大謁見の間』にて執り行う。全側室、直ちに参内せよとのことだ」
王宮の中心に位置する、広大な大謁見の間。
そこには、ヴェロニカを失って完全に生気を失い、幽霊のように青ざめた正妻オーレリアをはじめ、全側室が集められていた。
上座の玉座に鎮座するのは、冷徹な絶対君主、国王レオンハルト。
その鉄の仮面の如き美貌には、相変わらず一切の感情が浮かんでいない。
しかし、その玉座のすぐ傍ら、これまでは正妻オーレリアにしか許されていなかった「王の隣」という最高位の場所に、豪奢な白銀の椅子が新たに用意されていた。
そこに座っていたのは、純白の髪を揺らし、まだ平らな腹部を愛おしげに両手で包み込んだリリィだった。
リリィの顔には、かつてのエレナの前で見せたような邪悪な笑みは一切なく、ただただ、神聖な御子を宿した「無垢なる聖女」としての完璧な輝きが満ち溢れていた。
そのサファイアの瞳は、まるで世界中のすべての勝者を哀れむかのように、冷たく、深く澄んでいた。
全側室が平伏する中、レオンハルトが重々しく口を開いた。
「皆、集まったな。すでに鐘の音で知っているだろうが、第六側室リリィの身ごもりが、医薬院の厳正なる検診によって正式に証明された。余の血を引く、新たなる王嗣である」
王のその言葉に、エレナは思わず玉座を見上げた。
(陛下……貴方は何を仰っているのですか? 触れていないはずの女の子供を、なぜ、自らの血筋だと認めるような発言を……!?)
レオンハルトの瞳は冷酷そのものであり、エレナと一瞬視線が交差したものの、その奥にある真意を読み取ることはどうしてもできなかった。
「ついては」
レオンハルトの声が、さらに一段と冷たく響き渡る。
「リリィが宿した御子の安全と、帝国の血を引く(※表向きは国内貴族だが)高貴なる身分を鑑み、本日これより、第六側室リリィの権限を『第一夫人(正妻)と同等の権限』へと引き上げる。後宮の全ての防衛権、内膳司の決定権、そして予算の執行権の半分を、白百合宮に付与する」
「な――っ!?」
その瞬間、大謁見の間を、言葉にならない巨大な衝撃が襲った。
正妻と同等の権限。
それは、長年後宮の頂点に君臨してきたオーレリアの権力を、根底から半分奪い取るということである。
同時に、エレナたちがようやく手に入れつつあった内膳司や度支部の利権を、力尽くで上から踏み潰すということに他ならなかった。
「へ、陛下……っ! それは、あまりにも理不尽にございます!」
ついに、正妻オーレリアが狂ったように声を上げた。
「あのような出自も定かではない小娘に、正妻たるこの私と同等の権限を与えるなど……! 法律が、建国以来の我が国の法が許しません!」
「黙れ、オーレリア」
レオンハルトの一喝が、オーレリアの言葉をナイフのように切り裂いた。
「貴様の実家が、ヴェロニカの横領に関与していなかったかどうかの審問は、まだ終わってはいない。余の決定に不服があるならば、今すぐその正妻の座を返上してもらうが?」
「う……あ……」
オーレリアは絶望に顔を歪め、それ以上言葉を発することができずに床に崩れ落ちた。
エレナは、己の爪が手のひらに食い込み、血が滲むほどの怒りと焦燥を感じていた。
(リリィ……貴方は一体、どんな魔法を使ったの? 陛下に、これほどの決定を下させるほどの『何か』を、貴方は握ったというの!?)
その時、リリィがゆっくりと席から立ち上がり、エレナの方を向いた。
そのサファイアの瞳の奥で、あの底なしの「奈落の闇」が、一瞬だけ嘲笑うようにギラリと光った。
リリィは、王の隣という絶対的な安全圏から、エレナたちに向かって、声に出さずに唇の動きだけで、こう告げたのだ。
『私の勝ちよ、お姉様』――
御前会議が終わり、翡翠宮へと戻る道すがら、エレナ陣営の足取りは、かつてないほどに重かった。
「クソッ! どういうことだよ!」
翡翠宮の自室に戻るなり、ブリジェットが壁を激しく殴りつけた。
「陛下はエレナに『力を蓄えろ』と言ったんじゃなかったのか!? それなのに、あの雌狐を正妻と同等に引き上げるなんて……これじゃ、私たちが掴みかけた後宮の主導権が、全部あいつに奪われちまう!」
「私の実家の商人たちも、パニックを起こしているわ」
フィオナが顔を青ざめさせ、震える声で言った。
「白百合宮に予算の決定権が渡ったことで、私たちが度支部に送り込んだ役人たちが、今朝一斉に罷免されたの。リリィは、新興商人連合ではなく、ガルディニア帝国と繋がりのある『古い大貴族の商会』へ、すべての物流を切り替えるつもりよ。……このままじゃ、私たちの財政基盤が数日で干上がってしまうわ」
「情報網も、完全に遮断された」
カタリナが、珍しく焦燥感を隠さずに書類を放り出す。
「白百合宮の周囲の防衛権がリリィに渡ったことで、王直属の隠密の代わりに、リリィの息がかかった『新しい近衛兵』が配置された。私の密偵たちが、白百合宮に近づくことすら不可能な状態よ。完全に、隔離された要塞(ブラックボックス)になってしまったわ」
武力、財力、情報。
エレナたちが苦労して揃えた三つの武器が、リリィの「完全懐妊」という一つの事実によって、一瞬にして無力化されてしまったのだ。
「エレナ……お前は、どうするんだい?」
ブリジェットが、沈痛な面持ちでエレナを見つめる。
エレナは、窓の外で不気味に輝く白百合宮を見つめていた。
(リリィが本当に身ごもっているのだとしたら、その父親は一体誰なの? 陛下が抱いていない以上、そこには絶対に、私たちがまだ気づいていない『もう一つの致命的な真実』が隠されているはず……)
喜びの絶頂から、一転してどん底の絶望へと叩き落とされたエレナ陣営。
しかし、我が子アルフレッドを守るため、そしてこの狂った檻を破壊するため。
エレナの瞳の奥の「魔女の炎」は、まだ決して消えてはいなかった。
リリィの完璧な勝利に見えるこの状況から、いかにして反撃の糸口を掴み取るのか。
後宮サバイバルは、最も暗く、最も熾烈な結末へと、その幕を開けようとしていた。
それは第一側室エレナ、第五側室ブリジェット、第三側室カタリナ、そして新たに陣営に加わった第四側室フィオナの四人連合が成し遂げた、完璧な電撃戦の成果であった。
正妻派の右腕をもぎ取ったことで、後宮の権力バランスは一時的にエレナ側へと大きく傾いたかに見えた。
翡翠宮のサンルームには、フィオナが差し入れた最高級の焼き菓子と茶葉の香りが漂い、束の間の勝利の余韻が部屋を満たしていた。
「いやあ、実に見事な手際だったね! ヴェロニカの奴が地下牢で泣き叫びながら引きずられていくのを見た時は、胸がすっとしたよ」
ブリジェットが豪快に笑いながら、ハーブティーを飲み干す。
「私の実家の商人連合も、すでに度支部(財政機関)の空いたポストへ人員を送り込み始めてわ。これで後宮の『お財布』は私たちが握ったも同然。エレナ様、私たちの勝ち戦はほぼ確定ですわね」
フィオナも琥珀色の瞳を輝かせ、満足そうに扇を煽る。
しかし、その歓喜の輪の中で、エレナとカタリナの二人だけは、一切の笑顔を見せていなかった。
「……お二人とも、まだ油断するのには早すぎますわ」
カタリナが静かに古文書から目を上げ、冷徹な一言を放つ。
「私たちは正妻派の『手下』を一人排除したに過ぎない。まだ、本物の怪物が動いていないのよ」
「本物の怪物……。白百合宮のリリィね」
エレナがカップを置く。
その脳裏には、先日深夜に訪れた国王レオンハルトの「あの女には一度も触れていない」という告白が残っていた。
王が触れていない以上、リリィの懐妊の噂は、帝国が仕掛けた単なる虚偽の工作、あるいはブラフのはずだった。
だが、その予測は、あまりにも最悪な形で裏切られることになる。
お茶会の余韻を切り裂くように、後宮の全域に、最高位の吉兆を知らせる「黄金の鐘」が重々しく響き渡った。
その数は、正確に七回。
それは王宮において、『直系の王嗣の懐妊が正式に証明された』時にしか鳴らされない、絶対の鐘の音だった。
「な……何事だ!? この鐘の数は……」
ブリジェットが驚愕して立ち上がる。
そこへ、顔面を真っ白にしたマルタが、息を切らせて部屋に飛び込んできた。
「エ、エレナ様! 大変でございます! 先ほど、王宮医薬院の総監と、審問院の長官が連名で、正式な最高告発書を発令いたしました! 第六側室リリィ様の御懐妊が……『間違いなき事実』として、正式に王宮全体へ発表されました……っ!」
「何だって!?」
ブリジェットの叫び声が響く。
「そんなはずはないわ!」
フィオナも立ち上がり、驚きで扇を床に落とした。
「陛下はここ数日、政務にかこつけて白百合宮への立ち入りを制限されていたはず。それに、医薬院の総監は我が実家の息がかかった者も多いのよ? それを飛び越えて正式発表だなんて……」
エレナの脳裏を、冷たい戦慄が駆け巡る。
(公式な発表……? 医薬院と審問院が同時に認めたということは、単なる『噂』ではない。客観的、かつ法的な証拠が揃ってしまったということ……? 陛下、貴方は抱いていないと仰ったのに、一体なぜ……!?)
激震が走る翡翠宮。しかし、絶望はそれだけに留まらなかった。
鐘の音が鳴り止まぬうちに、今度は国王レオンハルト直属の近衛兵の将軍が、全側室へ向けた「緊急勅令」を携えて翡翠宮へとやってきたのだ。
「第一側室エレナ殿。これより、国王陛下直々の御前会議を『大謁見の間』にて執り行う。全側室、直ちに参内せよとのことだ」
王宮の中心に位置する、広大な大謁見の間。
そこには、ヴェロニカを失って完全に生気を失い、幽霊のように青ざめた正妻オーレリアをはじめ、全側室が集められていた。
上座の玉座に鎮座するのは、冷徹な絶対君主、国王レオンハルト。
その鉄の仮面の如き美貌には、相変わらず一切の感情が浮かんでいない。
しかし、その玉座のすぐ傍ら、これまでは正妻オーレリアにしか許されていなかった「王の隣」という最高位の場所に、豪奢な白銀の椅子が新たに用意されていた。
そこに座っていたのは、純白の髪を揺らし、まだ平らな腹部を愛おしげに両手で包み込んだリリィだった。
リリィの顔には、かつてのエレナの前で見せたような邪悪な笑みは一切なく、ただただ、神聖な御子を宿した「無垢なる聖女」としての完璧な輝きが満ち溢れていた。
そのサファイアの瞳は、まるで世界中のすべての勝者を哀れむかのように、冷たく、深く澄んでいた。
全側室が平伏する中、レオンハルトが重々しく口を開いた。
「皆、集まったな。すでに鐘の音で知っているだろうが、第六側室リリィの身ごもりが、医薬院の厳正なる検診によって正式に証明された。余の血を引く、新たなる王嗣である」
王のその言葉に、エレナは思わず玉座を見上げた。
(陛下……貴方は何を仰っているのですか? 触れていないはずの女の子供を、なぜ、自らの血筋だと認めるような発言を……!?)
レオンハルトの瞳は冷酷そのものであり、エレナと一瞬視線が交差したものの、その奥にある真意を読み取ることはどうしてもできなかった。
「ついては」
レオンハルトの声が、さらに一段と冷たく響き渡る。
「リリィが宿した御子の安全と、帝国の血を引く(※表向きは国内貴族だが)高貴なる身分を鑑み、本日これより、第六側室リリィの権限を『第一夫人(正妻)と同等の権限』へと引き上げる。後宮の全ての防衛権、内膳司の決定権、そして予算の執行権の半分を、白百合宮に付与する」
「な――っ!?」
その瞬間、大謁見の間を、言葉にならない巨大な衝撃が襲った。
正妻と同等の権限。
それは、長年後宮の頂点に君臨してきたオーレリアの権力を、根底から半分奪い取るということである。
同時に、エレナたちがようやく手に入れつつあった内膳司や度支部の利権を、力尽くで上から踏み潰すということに他ならなかった。
「へ、陛下……っ! それは、あまりにも理不尽にございます!」
ついに、正妻オーレリアが狂ったように声を上げた。
「あのような出自も定かではない小娘に、正妻たるこの私と同等の権限を与えるなど……! 法律が、建国以来の我が国の法が許しません!」
「黙れ、オーレリア」
レオンハルトの一喝が、オーレリアの言葉をナイフのように切り裂いた。
「貴様の実家が、ヴェロニカの横領に関与していなかったかどうかの審問は、まだ終わってはいない。余の決定に不服があるならば、今すぐその正妻の座を返上してもらうが?」
「う……あ……」
オーレリアは絶望に顔を歪め、それ以上言葉を発することができずに床に崩れ落ちた。
エレナは、己の爪が手のひらに食い込み、血が滲むほどの怒りと焦燥を感じていた。
(リリィ……貴方は一体、どんな魔法を使ったの? 陛下に、これほどの決定を下させるほどの『何か』を、貴方は握ったというの!?)
その時、リリィがゆっくりと席から立ち上がり、エレナの方を向いた。
そのサファイアの瞳の奥で、あの底なしの「奈落の闇」が、一瞬だけ嘲笑うようにギラリと光った。
リリィは、王の隣という絶対的な安全圏から、エレナたちに向かって、声に出さずに唇の動きだけで、こう告げたのだ。
『私の勝ちよ、お姉様』――
御前会議が終わり、翡翠宮へと戻る道すがら、エレナ陣営の足取りは、かつてないほどに重かった。
「クソッ! どういうことだよ!」
翡翠宮の自室に戻るなり、ブリジェットが壁を激しく殴りつけた。
「陛下はエレナに『力を蓄えろ』と言ったんじゃなかったのか!? それなのに、あの雌狐を正妻と同等に引き上げるなんて……これじゃ、私たちが掴みかけた後宮の主導権が、全部あいつに奪われちまう!」
「私の実家の商人たちも、パニックを起こしているわ」
フィオナが顔を青ざめさせ、震える声で言った。
「白百合宮に予算の決定権が渡ったことで、私たちが度支部に送り込んだ役人たちが、今朝一斉に罷免されたの。リリィは、新興商人連合ではなく、ガルディニア帝国と繋がりのある『古い大貴族の商会』へ、すべての物流を切り替えるつもりよ。……このままじゃ、私たちの財政基盤が数日で干上がってしまうわ」
「情報網も、完全に遮断された」
カタリナが、珍しく焦燥感を隠さずに書類を放り出す。
「白百合宮の周囲の防衛権がリリィに渡ったことで、王直属の隠密の代わりに、リリィの息がかかった『新しい近衛兵』が配置された。私の密偵たちが、白百合宮に近づくことすら不可能な状態よ。完全に、隔離された要塞(ブラックボックス)になってしまったわ」
武力、財力、情報。
エレナたちが苦労して揃えた三つの武器が、リリィの「完全懐妊」という一つの事実によって、一瞬にして無力化されてしまったのだ。
「エレナ……お前は、どうするんだい?」
ブリジェットが、沈痛な面持ちでエレナを見つめる。
エレナは、窓の外で不気味に輝く白百合宮を見つめていた。
(リリィが本当に身ごもっているのだとしたら、その父親は一体誰なの? 陛下が抱いていない以上、そこには絶対に、私たちがまだ気づいていない『もう一つの致命的な真実』が隠されているはず……)
喜びの絶頂から、一転してどん底の絶望へと叩き落とされたエレナ陣営。
しかし、我が子アルフレッドを守るため、そしてこの狂った檻を破壊するため。
エレナの瞳の奥の「魔女の炎」は、まだ決して消えてはいなかった。
リリィの完璧な勝利に見えるこの状況から、いかにして反撃の糸口を掴み取るのか。
後宮サバイバルは、最も暗く、最も熾烈な結末へと、その幕を開けようとしていた。



