彼は淡々としている。だが、その言葉に迷いは一切なかった。拒絶というより、ただ事実を告げられているようだった。
(でも、私の帰る場所はもうないの)
小春はどうすることもできず、その場に立ち尽くすしかなかった。逃げ場も、言い訳も、もう残されていない。
そのとき、朔夜の呼吸が浅くなる。肩で息を吸おうとしているが胸を圧迫されているかのように、うまく呼吸ができていなかった。
「朔夜様? 息が……」
そう言いかけた瞬間、朔夜の身体が傾き、そのまま畳へ崩れ落ちた。
同時に、黒い靄のようなものが彼の周囲から滲み出すように溢れ出した。畳の上を這うように広がり、部屋を侵食していく。
小春は初めて目にする瘴気に慄く。
思わず身を引いたその瞬間、粘りつくような不快感が肌を覆う。
「油断した! 瘴気が限界を超えている! 小春様、すぐに下がりなさい!」
鷹宮は低く鋭い声を飛ばす。
小春の脳裏に、先ほどの鷹宮の言葉が蘇る。
『ですがもう、他の菓子では無理なのです』
(だから、普通ではない私の菓子が選ばれた?)
抱えている風呂敷包みに視線を落とした。
本能は危険だと告げている。
それでも、目の前で倒れている朔夜から視線を逸らすことができなかった。
無意識に風呂敷を強く握りしめた。
(……使ったら、朔夜様を苦しめるかもしれない……)
衣の袖から覗いた朔夜の上腕に、じわりと黒い血管が浮かび上がる。
小春はぎゅっと拳を握った。怖かったし、逃げたいと思った。
それでも――目の前で苦しむ人を置いていくことだけはできなかった。
「……見ていられない!」



