声に出した途端、自分でもはっきりわかるほど震えていた。
その様子を見て、紗良が楽しげに笑う。
「姉様にぴったりじゃない」
いつの間にか居間に入ってきていた紗良は、袖で口元を隠しながらくすくすと笑った。
「姉様はこの家の穢れなんだから。店がうまくいかないのも、全部、姉様のせいでしょう? だったら、死神様のところに行って、食べられちゃえばいいのよ」
小春は視線を落としたまま、何も言えなかった。
母も遅れて部屋に入ってきた。小春を見ることなく口を開く。
「昨日もお前の菓子を見た客は、そのまま帰ってしまった。また妙な噂が立つ。本当に疫病神だよ、お前は!」
ため息混じりの声だった。
紗良が横目で小春を見下ろす。
「このままでは店が立ち行かないのよ」
父が静かに続ける。
「ちょうど公爵家の茶会に、鈴白の大福を出す話がある。ここで評価を得られなければ、鈴白屋は終わりだ」
静かながら、有無を言わせぬ口調だった。
「お前がいると、店の格が下がる」
そう短く言い切られる。
「御神影家は、あの不気味な霊災対策課の連中だ。評判こそ悪いが、由緒はある。……お前には、ちょうどいい行き先だ」
その言葉の意味は、はっきりしていた。
──ここから出ていけということなのだ。
小春は息をひとつ吸い込み、すぐに両手を畳についた。そして深く額を擦りつける。
「お父様、お願いです……」
小春はなんとか声を絞り出す。
「どんな仕事でもいたします。店のためになることなら、何でも……。ですから、他の家へ出すことだけは、お許しください……!」
畳に触れた額がじわりと熱を持つ。こんな姿、みっともないとわかっている。それでも、頭を上げることはできなかった。
小春には自分の菓子が、人にとって強すぎるものであるという自覚があった。なぜそうなるのかはわからない。だが、口にした者が体調を崩し、ひどいときには起き上がれなくなることを何度も見てきた。
(だからこそ、私は外へ出るわけにはいかない)
ここにいれば、これ以上誰かを傷つけずに済む。それが唯一の償いだと、小春は思っていた。
「……行きたくないというのか?」
父の声が一段、低く落ちる。ぐっと圧を帯びる。
小春は答えられず、ただ頭を下げ続けた。
「家を衰退させた枯らし娘が、何を言うか!」
怒気を含んだ言葉が、一つ一つ重く小春にのしかかる。
「死神の要求に応えなければこの家が呪われる。公爵家の話も消える。だから、お前を決して返品するなと結納金まで辞退したんだぞ!」
小春の指が畳に食い込む。
「生贄に選ばれた以上、従え。明日には御神影家の迎えが来る。二度とこの家の敷居をまたぐな」
話は終わりだとばかりに父は視線を外した。
小春の指先が微かに震え出す。それでも、食い下がるように顔を上げた。
「……お待ちくださいませ!」
どうにか出した声がかすれる。
真っ先に脳裏へ浮かんだのは、奥庭の花壇だった。
「奥庭の花壇は……どうなりますか?」
小春が大事に育てている仲間たち。そのまま放置していくなど、できなかった。
しかし、その言葉に紗良がぴくりと反応した。一瞬だけ目を細め、すぐに笑みを浮かべる。
「心配しなくていいわ」
不気味なほど、軽い調子で言う。
「姉様が安心して嫁げるように、ちゃんと片付けておいたから」
その言葉が、妙に引っかかる。
「……片付けた……?」
小春の声は、自分でもわかるほど硬い。胸に不安が一気に広がる。
紗良は何も答えず、ただ楽しげに笑っているだけだった。
居間の空気が張りつめた、次の瞬間だった。
『小春、助けて!』
『痛い、やめて!』
耳元で弾けるように、声が飛び込んできた。
小春は、はっと顔を上げた。その方向は、すぐにわかった。
北側の自室、その裏手にある花壇。
(自分が育ててきた草花たちの場所だ!)
さっきまで確かに聞こえていたはずの声が、次の瞬間にはぷつりと途切れる。
(まさかっ……)
胸の奥が冷たくなり、息がうまく吸えない。
小春は畳に手をつき、よろめくように立ち上がった。
そのまま廊下へ飛び出し自室へ向かう。
障子を勢いよく開け放ち、縁側へと踏み出した。



