御神影家へ戻ると、小春は屋敷の東側にある湧水場に向かった。そして、ラムネを湧水の中へ置いた。
「冷たい……ここならよく冷えるわ」
水面に映る自分を見た時、ふっと思い出してしまった。
『鈴白がどうなってもいいのか。冷たい女だ』
源蔵の歪んだ顔と、呪いのような声が頭の奥にこびりついて離れない。
「私が……悪いの?」
不安が込み上げ、小春は花壇へ駆け出した。
(精霊さん。私はどうしたらよかったの?)
けれど返事はない。今朝も声を掛ければ、すぐに返してくれていたのに。
花壇は不自然なほど静かだった。
(お願い、答えて! どうしたの?)
草花たちが眠ってしまったかのように生気を失っている。その異変に、小春の背中に冷たい汗が滲んだ。
必死に感覚を研ぎ澄まそうとした瞬間、頭の奥に雑音の混じった声が流れ込んできた。
『……小春……もど……なく……』
「なに……?」
頭痛を覚えるほどの強い雑音。
「どうしたの!? 聞こえない!」
榊の前へ駆け寄り、必死に集中する。
『……保て……自分……』
砂嵐の向こうから、消え入りそうな榊の精霊の声が届いた。
小春ははっと息を飲む。
(自分を保て……)
不安に飲まれると精霊の声が聞こえなくなる。
(源蔵さんの言葉に振り回されちゃいけない!)
小春は胸に手を重ね、ゆっくり息を吸って吐く。これを何度も繰り返した。
すると、ざわついていた胸が少しずつ静かになっていく。
「……もう大丈夫……私は、私だもの」
震えていた指先が、ようやく体温を取り戻していく。
誰かに認められなくても。
鈴白に必要とされなくても。
(朔夜様は、私の菓子を美味しいと言ってくれた)
この一つだけの揺るぎない事実が、小春の足元を優しく、力強く支えていた。
呼吸がようやく落ち着いていく。
『よかったー!』
『小春は自分の心も大事にしないとね』
耳の奥を塞いでいた霧が晴れたように、草花たちの弾む声がはっきりと頭の中に響き渡った。
小春は、ほっと肩の力を抜き、ふんわりと微笑んだ。
「……うん。私、自分を好きになれるように頑張るわ」
その言葉に応えるように、花壇の草花たちが風に揺れた。



