すぐさま、綾と菊乃は御神影から追われた。
志乃は小春の前に立ち、頭を深く下げた。
「小春様、女中頭として節穴でしたことをお詫び申し上げます」
「こちらこそ、志乃さんのおかげで朔夜様に被害が及ぶのを防げました」
「昨晩も布団の点検をしたのに寝間着まで意識が届かず、大変失礼なことをしました」
(私のことまで、気にかけてくれていたんだ)
志乃は静かに、だがしっかりと役目をこなそうとしていた。
小春はそれだけでも嬉しかった。
「今後も朔夜様のみならず、小春様もしっかりとお支えする所存です」
「志乃さん……。これから安心して菓子作りができます。こちらこそ、よろしくお願いします」
小春も丁寧に頭を下げた。
(志乃さんは少し無愛想に見える。けど、本気で御神影を守ろうとする人だ)
「そろそろ、朔夜様の出立です。お見送りを」
「ええ。一緒に」
(もう、私は一人じゃない)
小春と志乃は初めて柔らかく目を合わせて、温かな笑みを交わした。
「では、行ってくる」
出立の声に、小春は麻の小さな巾着を両手で差し出した。
「朔夜様、お忘れ物です」
「もうできたのか」
「はい。固めて冷やして一粒ずつ懐紙に包みました」
「では、一つ食べていこう」
小春は一粒をつまんで差し出す。だが、朔夜は受け取らない。
(……?)
戸惑う小春の横で、鷹宮がわざとらしく咳払いをした。彼は自分の手で『口元へ食べさせてあげる仕草』をして見せてきた。
小春はそれを理解した瞬間、耳が一瞬で熱くなる。真っ赤になりながらも、懐紙をほどく。
「し、失礼します……」
そっと朔夜の口元へ飴を運んだ。
朔夜は自然にそれを受け入れ、口の中で転がす。
ころりと小さな音が鳴った。
「こちらが携帯用です。すぐ取り出せる場所に身につけてください」
巾着を受け取った朔夜は、それを大切そうに胸元にしまう。どこか機嫌が良さそうに、もう一度飴を転がした。そして、まっすぐ小春を見つめる。
「これはお前しか作れないな、小春」
低く、甘く、自分の名を呼ばれた瞬間、小春の身体が甘くこわばる。熱が一気に全身を巡った。
「……ありがとうございます」
小春はどうにか言葉を絞り出す。
「ここでやっていけるよう……精進します」
込み上げるものを押し込みながら微笑んだ。
朔夜の一言が、心に静かに染み込んでいく。
(ここが、私の居場所なんだ)



