死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない




 小豆が柔らかくなってきたのを確かめながら、小春は静かに耳を傾けた。

「以前は甘いものを召し上がれば回復なさっていました。ですが近頃は、それだけでは追いつかなくなっているのです」

「追いつかない……」

「浄化しきれなかったものが身の内に溜まり……ああして外へと溢れてしまうことがあるのです」

 昨夜のあの黒い靄。思い出した瞬間、小春の指先が強張り、木べらを動かす手がぴたりと止まる。

「それで……私の菓子なら瘴気を払えるとご存じだったのですか?」
 胸の奥で、ひとつの考えが形になった。

 志乃は少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それからゆるやかに首を振った。
「いいえ。詳しいことまでは存じませんでした」
「え……?」
「ですが鷹宮の推薦だったのです」
 その名に小春は小さく息を飲む。
「鷹宮さんが……?」
「ええ。あの方は見極める目をお持ちですから」
 小春は首を傾げた。
(どうして私のことを……?)
 家族から隠されるように暮らしていた小春には、思い当たる節はなかった。
「これも、ご縁なのでしょう。……小春様のお力は本物でした。この目で確かに見ましたから」
 志乃の眼差しから、ふっと温度が消える。小春から視線を外し、何かを思い詰めるように手元を握った。
 だが、志乃の『本物でした』という一言だけで、小春の胸の中の引っかかりはほどけてしまった。
「……はい」
 理由はもう、どうでもよかった。
 ここで自分は求められている、やるべきことがある。
 それだけで十分だった。

 小春は小さく、けれど深く頷いて再び鍋に向き直った。
 そっと木べらを添え、ふっくらと柔らかい小豆を潰さぬよう優しく底からすくい上げる。

(私にできることをちゃんとやろう)

 その想いを込めるように小春は手元をさらに優しく、そして確かな動きで進めていった。