死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない




 朝餉を終え、ひと息ついた時だった。

『あなた、小春って言うのね』
『可愛らしい名前だ』
『どんな子かと思ったけど……やわらかいね』

 ふいに、くすぐるような声が耳元に重なった。小春ははっと顔を上げる。今の声は人のものではない。懐かしくて、胸の奥がきゅっと締めつけられるような響きだった。
(……この声は)
 気づけば、小春の足は声のする方へ向かっていた。
 廊下を進み、南側の縁側へ続く障子の前で立ち止まった。
 そっと手をかけ障子を開くと、やわらかな光が、ぱっと視界に広がった。

 そこには、色とりどりの草花が咲き誇っていた。小さな花弁が風に揺れ、葉が朝露をまとってきらめいている。

『来た、来た!』
『この子だよね』
『ねえ、小春』

 花々が、そっとさざめく。様子を窺うように、しかし期待を含んだ声だった。
 その瞬間、小春の胸にあの光景がよぎる。無残に踏みにじられた花壇。声を失っていった精霊たち。喉の奥がきゅっと締まり、涙が込み上げる。

(……でも、ここは違う)
 目の前の草花は、どれもいきいきと息づいている。誰にも傷つけられていない。
 小春はゆっくりと息を吸い、こぼれそうになる涙をこらえて微笑んだ。
「……はじめまして」
 その一言に花たちがぱっと明るく弾けた。まるで、淡い光の粒が舞っているようだった。

『やっぱり優しい!』
『この子なら大丈夫』
『ねえねえ、小春、聞いて!』

 声が重なり、にぎやかに広がっていく。

『私たちね、朔夜様に助けられたの』
『森にいたら、すぐ枯れちゃう場所でね』
『ここに連れてきてもらったの』

 誇らしげな声に、小春は目を瞬かせた。

「……そう、だったの」

『今はここにいられて幸せなの』
『だから、小春も来てくれて嬉しい』

 その言葉に胸の奥がじわりと温かくなる。小春は両手を胸の前で重ねた。

「……また、みんなの声が聞けるなんて思っていなかった。……本当に嬉しい」

 言葉にすると、少しだけ声が震えた。
 失った痛みを、新しく出会えたこの声たちが癒してくれる。小春はそのまま続ける。

「一緒に、朔夜様を支える仲間になれるなら……もっと嬉しいわ」

 花たちが嬉しそうに揺れた。
 その後で、一際落ち着きのある声がする。

『僕の葉を使って! 朔夜様を内側から浄化する力があるんだ』

 小春の視線は自然と花壇の端へ向いた。
 そこには、瑞々しい緑の榊が植えられていた。
 彼らの周囲だけ、空気が澄みきっている。

「すごい……。うん、一緒にやっていこうね」

 榊たちが祝福するように朝の光を受けてきらめく。
 その光景を見つめながら、小春はそっと目を細めた。


(……ここなら、生きていける)