花に溺れ、香りに溶ける





 兄に促されて、私は香炉に向き直った。二つの香りの違いを、意識を研ぎ澄ませて追いかける。
 分かってしまえば単純なことなのに今日の私はどうしても、その違いを捉えきれずにいた。


「……分からない、です。今日は特に」

「珍しいね、美寿がここまで苦戦するの」

「兄さん、私――」

「碧斗くんのことでも考えてた?」


 兄はからかうでもなく、ただ穏やかにそう聞いた。図星を突かれて、私は言葉に詰まる。


「別に、責めてるわけじゃないよ。ただ、香りは心の色だっていうだろう。心が乱れてるなら、無理に整えようとしなくてもいい。今日はそういう日なんだって、認めてしまえばいいんだ」


 兄の言葉はいつも、厳しさよりも先に、包み込むような優しさが勝る。


「さ、続けよう。今日中に、この組香を仕上げないとね」


 兄に促されて、私は再び香炉に向き合った。