花に溺れ、香りに溶ける





「母にとって、『家』はいつも自分の感情より優先すべきものだった。千曲流という大きな流派の看板を背負って生きてきた人だから、余計にそうなんだと思う。……子どもの頃から僕にもずっと、そう教えられてきた」

「碧斗さまも、それを守ろうとしてきたんですね。ずっと」

「うん。だから、僕が初めて『家のため』じゃなく『自分のため』に何かを望んだのが、美寿だった。……それだけは、譲れなかった」


 碧斗さまが、私の頬にそっと触れる。


「今まで本当にごめんね。でも、美寿の前でだけは、そんな仮面、外していたいんだ。母の前でも、他の誰の前でも、僕はずっと『月森流の完璧な跡取り』を演じ続けないといけない。それが息苦しいなんて、これまで一度も思ったことなかったのに」

「碧斗さま……」

「勝手な話だってことは、分かってる。……でも、美寿にだけは、知っておいてほしかった」


 私は、彼の手にそっと自分の手を重ねた。


「教えてくれて、ありがとうございます」


 碧斗さまは、驚いたように目を見開いた。


「引かないんだな、本当に」

「約束したじゃないですか」


 私が微笑むと、碧斗さまは、ようやく肩の力を抜いたように、小さく笑った。


「美寿は、ずるいよ。そうやって、いつも僕の予想を裏切る……というか、美寿があんなにすごいだなんて思わなかったよ。本当に頑張ったんだね」


 その言葉の温かさに、私は胸がいっぱいになった。