花に溺れ、香りに溶ける






「兄さん、私、そんなに――」

「美寿」


 兄は私の言葉を遮るように静かに、けれどきっぱりと言った。


「才能があるとかないとか、そんなことより、美寿が香りを楽しんでいるかどうかの方が、俺にとってはずっと大事なんだよ」


 この人は、いつもこうだ。中学生の頃からずっと想い続けた恋人――義姉になった香花(かな)さんと去年、親戚たちの反対を押し切って結婚したような人だから、優しさの根っこが人とは違う。愛する人のために戦える強さを、当たり前のように持っている。

 兄と義姉の結婚には、実を言うと一悶着あった。佐山の家柄に見合う家の娘ではないという理由で、親戚の一部が難色を示したのだ。けれど兄は誰に何を言われても、頑として自分の意志を曲げなかった。


『家のために生きるのと、家を大事にしながら自分の人生を選ぶのは、別のことだろう』


 あのときの兄の言葉を、私は今でもよく覚えている。強い人だと思った。同時に、自分にはとても真似できないとも思った。
 

「美寿は、俺よりずっと香りに対して素直だ。もう一度、聞き比べてごらん」